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顔見知りの他人

 今朝、最寄り駅で電車が来たので乗ろうとしたら、後から乗ってきた人がいる。
 老婆。白髪まじりの髪を一つに束ねて某高級スーパーの紙袋を持っている。
 私はこの人とこの駅でよく会うのだ。しかも、会う時間帯もまちまちなのに、駅にいるとしばしばこの老婆が現れる。
 それも最近のことじゃなくて、そう、もう10年以上も前からなのだ。

 10年前には、この老婆は私が勤めていたターミナル駅中のコンビニのお客さんだった。
 「白ばらコーヒー」をいつも買いに来ていた。そしてその頃も駅でちょくちょく見かけたが、当時は多分母親と姉か妹と三人だった。腰の曲がった母親を支えるように歩く姉妹、でもその頃も既に今と変わらない雰囲気だったような気がする。
 いつも白いシャツブラウスに黒のボックススカート姿、黒いズック靴。ひっつめ髪で化粧っ気もなくて地味で目立たない服装なのに、なんとなく周りから浮いている感じがあった。


 コンビニ勤めをしていたある時、休憩中に職場の近所の路地裏にある古い喫茶店に入ったら、その人がいてびっくりした。ここの人(経営者?)だったんだ。家族で経営しているようだった。薄暗い店内は独特の雰囲気で、古いオーディオ類が置かれていた。後から誰かに老舗のジャズ喫茶だと聞いた。なんとなく、勝手にこの人たちは日本人じゃないんじゃないかと感じた。神戸は外国人が多く棲むから珍しくない。が、本当のところはわからない。

 最寄りの駅は一緒でも道で会うことはないから、住んでいる所は私と反対側なのだろう。
 最近一度だけ近所のスーパーで、旦那さんらしき男の人と買い物しているのを見かけた。
 私がよく会うなあと思っているなら、向こうも多分そう思っているだろう。
 今朝は行きの電車で一緒だったが、帰りの電車から駅に降りたら、その人が乗ってきたので驚いた。なんでこんなによく会うのか。

 一度だけ話したことがある。10年くらい前に、勤務先の駅中コンビニでいつものように白バラコーヒーを買いにきた老婆が、レジ横のスポーツ新聞の見出しを見てハッとした。
 高倉健さんの死去が報じられていた。
 私も健さんは好きだったので、残念ですねとか何か言葉を交わした記憶がある。あの人、健さんファンだったんだな。でもそれっきり、話をすることはない。

 その店も閉店して今は無く、私もその後仕事をいくつか変わったけれど、駅で電車を待っているとその老婆があらわれる。
 10年前とほとんど変わらない姿で。その度になんだか時間が逆戻りしたような感覚になる。

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