さすらいの土建屋たち
Yは、その日所用で神戸市北区の国道を車で走っていたのだが、夕暮れにさしかかった時に、崖が続くカーブの途中で奇妙な光景に出会ったのであった。
小山を切り崩してできた狭い平地に、くたびれたおっさんが3人、車座になって鍋を囲んでいる。
こういう場に出くわすと、素通りできない物好きな習性がYにはあった。その習性のお陰で今までも散々、どうでもいいやっかい事を背負いこんできたのだったが、この時もやはりそのまま行きすぎる事ができず、わざわざ車を降りておっさんたちの所へ向かってしまったのだった。
「あのー、つかぬ事をお聞きしますけど、ここで何やってるんスか?」
酒らしきものを酌み交わしながら、鍋をつついていた3人が、ひょっ、とこっちを見た。
みんな陽に焼けて真っ黒な顔をしているが、表情は明るい。
「よぉ、兄ちゃん、あんたも鍋食うか?なんなら酒もあるで」
「いや、僕は車なんで酒は遠慮しときます。にしても、なんでまたこんな所で鍋を」
「あれ見てみい」
一人の男が、振り返りながら、そこにある小型のユンボを顎でしゃくった。
「あれで山削ると、土地ができるんや。土地ができたら値段つけて売るんや。削れば削るほど土地が増える」
「この山は安うに買うたさかい、これからバンバン儲けるでー」
「笑いが止まらんのう」
ウシャシャシャシャシャ
大丈夫か、このおっさんら。Yはそう思ったが、おっさん達は妙に楽しそうである。
改めて周りを見渡すと、簡易トイレに、テントも張っており、どうやらここで野宿しているらしい。
「わしら、地獄見たんや」
おっさんが語り出す。どうやらバブルがはじけて、それまでやっていた不動産ぜんぶ、オシャカになったらしい。
「女房子どもは逃げ出すし」
「無い金の取り立てはえげつないし」
「ほんま わや やったなぁ」
「よう、逃げ切ったもんやわ」
「まあ、なんやかや言うたかて、ワシら地獄のフチまで覗いた仲間やから結束は固いわな」
「見捨てられて周りにだーれもおらんようなったけど、かえってスッキリしたなぁ」
「せやせや。うるさい嫁も子どももおらんし、ワシらまたこうしてイチから始めるねん」
ウシャシャシャシャシャ
Yは、キラキラしたおっさんたちの目を見ているうちに、なんだか不思議な気持ちになってきた。仲間と夢を追いかける一つの形がそこにはあった。
ショボいユンボで、こんな周りになーんにも無い小山を切り崩して、無理矢理土地を作って売る。そんなことがうまくいくはずないだろう、と誰だって思う。嫁も逃げて正解だ。
だが、おっさん達のくったくの無い明るさ。3人で笑いあって、鍋をつつき、これから作る土地の事を話し合っている。
おっさん達にとっては、削れて無惨な山肌を晒しているこの場所が、夢一杯のエル・ドラドなのに違いない。
「ワシら、地獄見た」
その果ての、このフォーメーションなのだろうか。今までやってきたことと、どんな時もずっと一緒だった仲間がいる。それさえあれば、今からナンボでも巻き返せる。
そんな、力強いおっさんパワーに、Yもちょっぴり感心して、一緒に鍋をつついてきたらしい。
なにやってんだかー、と聞いたときは思ったが、今思い返すと結構いい話に思えないこともない。阪神大震災の翌年くらいのお話。