海外で病院、目の中でハードコンタクトが割れたら?
シンガポール在住。重度の乱視のため、ハードコンタクトを長年愛用していた、32歳女です。
あの日、私のレンズは目の中で砕け散った
その日は疲れていた。
子どもたちを幼稚園から連れ帰った後、動き回る気力がなかった。ところが3歳の娘が「一緒に遊ぼう」といって聞かないので、ソファで絵本を読んであげることにした。
娘は大喜びで、「これ読んで!」とお気に入りの赤ちゃん向け絵本を持ってきて、勢いよくソファに飛び乗った。するとその拍子に、ソファの上にあったブランケットが床に落ちた。
私は、「それ拾って」と娘に言った。それがすべての間違いだった。 ブランケットくらい、私が「ひょい」とつまみ上げればよかった。でもその時、このふくよかな女は疲れていた。だから、3歳児を顎で使ったのだ。
「はーい!」
娘は勢いよく立ち上がった。次の瞬間、絵本をつかんだ手がフルスイング。ハードカバーの角が、私の右眼球にクリーンヒットした。
「ーーーーぁぁっ」
鈍い痛みが、右目を襲った。たまらずその場にしゃがみ込むと、足元で何かが光った。
「・・・破片だぁぁ」
声にならない叫びをあげて、私は洗面所に駆け込んだ。
鏡に顔を押しつけて、必死に右目の中を確認する。ところが、片目の端っこを見ようとギョロギョロすると、反対も同時に動いてしまい、焦点が定まらない。
目玉をギョロつかせながら、私はお金の心配ばかりしていた。ここが日本なら、今すぐ眼科に行くだろう。しかしここはシンガポール。くしくも先日、小児弱視をわずらう息子の定期検診で、3万円超えの費用を支払ったばかりだ。こんなことでまた大金を払うのかと、情けなくなる。
どうにか眼科を回避できないかと、「ハードコンタクト 目の中で割れた どうする」とグーグルに聞いた。すると、
「もしコンタクトレンズが目の中で割れたら、どうしたらいいですか?」というコンタクト童貞からの質問と、
「目の中では割れないですよ。衝撃などで、ずれることはありますが」というエアプニキからの返信というクソイラつくヤフー知恵袋がヒットして、ブチ切れた。
「割れたから聞いてんだよ、割れたから!!」
しばらくして、騒ぎを聞きつけた夫が会社を早退してきた。「諦めて病院に行くしかないでしょう」と説得され、なくなく眼科に向かった。
受付に着くと、ちょうど遅めのランチ休憩に入るところだった。受付係は「急患として診てあげるから、1時間後に来て」と言った。
「なるほど、目の中でハードコンタクトが割れた程度じゃ、ランチ休憩は通常通りか・・・」とやさぐれつつ、目をギョロギョロさせながら1時間やり過ごした。
午後の診察が始まると、まずは検査室に案内された。日本でもおなじみの視力検査と、気球の機械による検査をやった。日本と違うのは、検査担当のお姉さんがヘソ出しミニスカートだったくらいだ。
検査が終わり、いよいよ診察室に呼ばれた。
「今日はどうしたのかな」と、医師はにこやかに尋ねた。私が事の顛末を説明すると、傍に立っていた看護師は息を飲んだ。医師の顔は、明らかに高揚していた。
「僕の20年のキャリアで、目の中でハードコンタクトを割った患者は君が初めてだよ!」
その言葉に不思議な自信が湧いた。
自分はそんなに珍しい存在だったのか。
なんだか少し誇らしい気持ちさえ湧いてくる。 いえいえ、こちらこそ、なんかありがとうございます。
幸いにも、目の中に破片は残っていなかった。
ただ、家に戻ってみても、残りの破片はどこにも見当たらず、気味悪さは残る。ともかく、目には異常がないとのことで、良しとしよう。
会計は約2万8千円。その後、保険適用で自己負担額は軽減されたが、コンタクトを買い直す気にはなれない。あれ以来、ずっとメガネで過ごしている。