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①入国|絶望的に準備不足な家族、シンガポールに移住する



さよなら、ニッポン寒い冬

2月、早朝の羽田空港。
「もう二度と冬には来ねぇ!」と、
搭乗ゲートのゴミ箱に、ウルトラライトダウンをぶち込んだ。夫と子どもたちも後に続き、小さなゴミ箱はいっぱいになった。その後、弁当の殻を捨てようとした外国人が、思わず手を引っ込めたのが見えた。

いつか、海外に住みたかった。寒いのが嫌いなので、できれば年中暑い国。

無知な私は知らなかったのだが、「海外に住みたい!」と願っただけで実現するほど、世の中は甘く無い。

最大のハードルは、ビザ(滞在許可)だ。

「海外に住みたい」は甘くない

SNSでは好きな国を渡り歩いて暮らす人が沢山いるように錯覚するが、それを実現できるのは

①富裕層
②高度なスキル保有者

と、およそ凡人が持たざるものを持つ者に限られる。

私には何もなかった。

今回の移住は、夫に仕事を探してもらって実現した。ただの学生だったカップルは10年後、ひとりは「高度なスキル保有者」になり、もうひとりは30代無職女になっていた。

私は常に、自分の夢を自分の力では叶えられない劣等感に苛まれている。

仮ビザよ、どこ行った?

シンガポール航空631便は、定刻通り羽田空港を飛び立った。

夢の海外移住が叶ったはずなのに、気が気でなかった。
なんといっても、ビザがない。

転職エージェントからは、
「就労ビザはシンガポールに着いてから、移民局で発行できるよ。就労ビザを受け取るまでは、仮ビザをメールしておくから、それで入国とか賃貸とか手続きしてね」
と聞かされていた。

しかし、(内定後わずか3週間で出国した我々が悪いのだが)機上の人となっても仮ビザが来ない。

不安な時は、アルコールに頼ろう。シンガポールスリング


フィリピン上空を過ぎたあたりで、内定先は、そもそも仮ビザの発行手続きを始めてすらいないことが発覚した。

怪しすぎる4人組、入国を賭ける

これにて私たちは、段ボール10箱の引越し荷物を携えて、観光ビザで入国する不審な4人組になることが確定した。しかも帰りの航空券を持っていない(片道だけ買った)ので、怪しさ満点である。

何も知らない子どもたちは次から次へと運ばれるジュースやお菓子に大喜び

「入国拒否されたらどうしよう。帰りのチケット買えって言われたら、破産するわ…。せめてマーライオンくらい見たかったなぁ」
泣き言を並べる私に、夫は冷静に言った。

「もし帰りの便について言われたら、(隣国)マレーシアに出るバスのチケットをその場で買えばいいと思うんだよね。シンガポールから出る約束さえすれば、その先どこへ向かうかは彼らにとってはどうでもいいでしょう。

15時過ぎ、機体はスムーズにチャンギ国際空港に着陸した。

必殺技は"ベイビースマイル"

新婚旅行以来、実に6年ぶりの海外だ。
結婚前まで、私は狂ったように中東やアメリカを旅していた。入国審査には慣れている。

祈るような気持ちで、入国審査官に挨拶。姿勢良く、そして笑顔は基本だが、私は必殺技を繰り出した。子どもだ。

3歳の娘を抱き上げて、彼の眼前に差し出した。

娘は、ケラケラ笑っている。彼女は新生児の時から、いつも笑っている。そういう顔なのだ。
仏頂面だった審査官の顔が、一瞬崩れたのを私は見逃さなかった。「よし、いける!」

さすがに大人2人では捌ききれないので、5歳の息子にもカートを押させた。昔の人が、子供を労働力にカウントした気持ちがよくわかった(すまん

家族4人と大量の荷物を乗せたマイクロバスは、4時半だというのに真昼のように明るいシンガポールの街に走り出した。

第2話はこちら



なお、入国の理由には「シンガポールでの生活の立ち上げのため」という項目を選べたので、そもそも観光ビザで何も問題なかったのかもしれない。しかし幼児と大量の段ボールが一緒だと、不安を抑えることができなかった。

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