永遠に0
タイトルはつまり、百田尚樹氏の著作『永遠の0』の単純なパロディ、あまりに分かりやすい文字りである。
数年前、売れている小説を研究しようということで『永遠の0』をブックオフで買った。たしか300円くらい。しかし未だに5ページくらいしか読んでいない。本棚には多分まだあるはずだ。
ようするに自分は百田尚樹氏にとって好ましい読者ではない。よしんば『永遠の0』を熱心に読んでいたとしても、それは古本で買ったのだから作者に印税が入ることもない。
そんな私という人間が、これから百田氏の悪口のようなものを書いていきそうな気配もどうやら醸してきてる(ここにくるまで、この文章の流れを自分で意識していなかった)のだ。これは百田氏及び彼の愛読者からすれば気に食わない事象に違いない。
もし自分が相手の立場にいて同じ事をやられたら、と考えてみれば、もちろん私も気に食わない。しかし百田氏本人がこの文章を読むこともきっとないから、まあいいかな。なんていうふうに陰口にもなるわけだし、たとえネットの片隅だとしてもこういったネガティブな内容の投稿が世界中に公開されることになるわけだ。それはどうなんだろうか。まあとりあえずnoteのおすすめ記事とかにピックアップされることはない。それはまず確定される。ネガティブいけない。インディアン嘘つかない。こういうネタもいけない。たぶん。
しかしさらに続ければ『永遠のゼロ』の映画版はいつかテレビでチラリと観た。岡田准一が深刻そうな表情で飛行服を身に纏ってゼロ戦ぽい戦闘機に乗り込んだりして頑張ってたようなイメージがある。チラリと観ただけできっと寝てしまったのだろう。
あとで監督をネットで調べてみたら、オールウェイズ三丁目の夕日とかの山崎貴だった。この人はとにかくCGがやりたい人で、あとはもう力技で泣かせたりして盛り上げてやれば観客満足度もとりあえず上がってスポンサーも喜び次の映画も撮れておれはとにかくCGとか目一杯にやれるしそれでいいじゃんかよお、というタイプなのだろうと思っている。前にドラえもんのCG版映画観てその認識が更につよくなった。感動責めみたいので、はっきり言えば作品として好みでなく、原作及びむかしのアニメ映画版で号泣した自分としても気にくわない。いいとは全然思わない。まあしかし彼はCGがやりたいのだろうし、他の作品でもCG自体は見事だろうからそれでいいのか。
まあ、そういうのもあって真摯かつ真剣な感じの演技にも熱が入り当時まだ離婚成立していなかった(正確な時期は知らない。調べても仕方ない)人妻宮崎あおいをメロメロにした主演の岡田准一V6現メンバーはたしかに魅力的ではあるが(ちくしょう、むかし宮崎あおい結構好きだった。ちくしょうめ)、何が言いたいか分からなくなってきたが、とにかく『永遠の0』は映画版もろくに観てなかったということだ。でもさ、どうせ感動をぐいぐい押し付けて無理やりに泣かそう飲まそう盛り上げよう触らせようあわよくばホテルに連れ込もう……っていうようなharassment的なあれだろう。me too? あ、こんなこともふざけて書いたらよろしくないのかな。
なんの話だっけ。そうか百田尚樹だ。じつはツイッターのフォローはしてる。かなり前、アカウント登録した頃から。あの下品な感じのふるまい、ちょっとすごいぜ。逆に面白い。しかしまあなんだろう。「大人しく構成作家だけやってたらよかったんだよ」長年ナイトスクープのファンであり歴史とか偉人も大好きな彼女が、海賊と呼ばれたらしい出光興産創業者の本を読んだ後で(あ、これも山崎貴監督、岡田メンバー主演で映画化してるな)、そんな感想をもらした。自分もそれに同意する。ナイトスクープは『奥さんと30年間くらい話さないお父さんの回』をDVDで見て、なんだか知らないが号泣したことをおぼえてる。他にも面白い回が沢山あった。だから余計に百田氏のツイッターのタイムライン見て、うへーってなったりした。「へんずり」とか、あれ自分で面白いと思ってやってんのかな。しかしその「うへー」って感じもときどき味わいたくなって、わざわざ覗きにいったりもしてるから、じつは侮れない面白さを発揮しているのかもしれない。
さて、ここで唐突にまとめに入りたいと思います。
この投稿を通して、私が何が言いたいか。それは、
こんなこと、ここで書き綴っていても「永遠に0」だよ! 分かってんだろうが、自分でもよおお!
ってことを言いたかったのです。
まったくそうなんだぜ。ここで百田尚樹の悪口みたいの書いたって、なんにもなりゃしねえ。
そうかと言ってこの私が「日々の気づき」「ああ、こんなにも人生は素晴らしい!」なんていうことをポジティブに、しっとりと書き綴ったって、それはそれでどうにもならない。
人には人の乳酸菌。自分には自分のスタンス、芸風、文体、性感帯、面白さ、そんなものがやっぱりあるのだろうと思われます。
私にも自分なりに追求したい面白さだったりがずっとあって、それは別に失われたりはしない。
しかし最近はなんかこう、うまく出せないというか、出してる途中であれこの💩大丈夫かな? 面白いかな? とかやたらと気になってきて💩が途中で引っ込んだりする。
しかし💩の元になるような衝動、思いつきは日々のなかでひたすら生産されるわけで、どんどんそれが停滞する。まるで処理が追いつかない。
つまり私は最近糞づまってる。
いろいろ書くには書いているけれど、なにが面白いのだか自分でよく分からなくなってきている。ついスプラトゥーンもやり過ぎて頭がバカ、もしくはイカになってるのかもしれないけど。
このnoteのアカウントにも、書きかけとか完成間近でそのまま放置された下書きがどんどん溜まってる。これはいかん。なんかほんとにスッキリしない。自分で自分の呪いを高めてってるような気がしてる。プロフィールのところに「週2〜3で更新中」みたいに記載してるけど、ここ最近それも満たしてないような気もする。そろそろなんとかしようと焦る。焦ると余計に詰まる。文章のゲシュタルトが崩壊する。思うように書けなくなる。
ああ、このままでは、自分は永遠にゼロだ! 無ですよ、無!
そういった思いで、まずこのタイトルを思いつき、あとは垂れ流すように書き綴りました。そしてろくに推敲もせずにアップする所存であります。
だからとくに百田尚樹氏の悪口を書きたかったわけではない。まあ別に好きでもないけど。ファンの方、いたらごめんなさい。もちろん彼の方がずっとすごい。ナイトスクープをやって、小説もあれだけの分量出版してたんまり儲けてやがる。ああちくしょう。やっぱり気にくわねえな。
願わくば、これが一服の清涼な下剤となり、この停滞💩が上手く流れ出しますように。
そして世の中が平和に、不必要な労働とか争い、悲劇が解消されるようなアップデートがなされますように。これは本当に、心からそう願っている。
それでは、どうしようもない駄文を失礼しました。
そして夏が終わってしまいましたね。夏はいつも気がついたら終わってしまう。気がついたら「ああ夏だったんだな」と取り残されたような気分になる。今年もまた、ちょっと寂しい。
お読みいただき、ありがとうございます。他にも色々書いてます。スキやフォローにコメント、課金に拡散、すべて歓迎。よろしく哀愁お願いします。