Lycian Way #3 ~トルコのビジネスに潜入~
おじさんハイカーとの遭遇
翌朝、風邪の状態は少しマシになっていた。
喉の痛みは引き、鼻水だけがしぶとく残っていた。
万全な状態とはとても言い難いが、歩けないほどでは無い感じだ。
それよりも、出発のタイミングを遅らせることによる嵩む宿代のほうが気になった。
このホテルで今後使うことのないであろうガスバーナーと折り畳みコップを手放した。
少しでも荷物を減らし、少しでも体にかかる負担を減らす。
使わないものを持っていても仕方がない。
たかが数グラム、されど数グラム。
そんな高級なものでもない。
街を歩くときはバフをマスク代わりに使い、喉を潤す。
天然加湿器。
そうするだけでも少しは楽になった。
街を出発し、坂をグングンと上っていく。
昨日まで滞在していたキャンプ場の横も通過した。
すると、Lycian Wayの立派なゲートが現れた。
そこでしっかり記念撮影。
ようやく本番が始まる。
立派な入り口を前にすると、
一昨日歩いたフェティエからウルデニズへの、あの道はいったい何だったのかと疑問に思う。
メインルートなのか、歩いても歩かなくても良い道だったのか?
ただLycian Wayのオレンジと白のマークがあったところを見るとLycian Wayなのだろう。
一昨日フェティエの街を出発したときは、ヌルっとLycian Wayがスタートした感覚だった。
本番前の慣らし、リハーサル、もしくは前座のような道であった。
今目の前にあるこのゲートは、「ここからが本番だよ。」と僕に覚悟を問いかけているような気がした。
少し気の引き締まる、そんな感じだ。
ゲートの横道を進んでいく。
この道はとても歩きやすかった。
すぐに砂利道に変わるが、道幅も広くまだまだ歩きやすい。
右手にはウルデニズのビーチ。
左手には岩の壁。
頭上にはパラグライダーで空を漂う人の姿。
最高に気持ちの良い道だ。
山道に切り替わりだんだんと道幅も狭くなった。
少しづつハイカーの姿も見るようになった。
1人目のハイカーはドイツ人のおじさん。
このおじさんの英語が僕には全然理解できなかった。
ただ相槌を打つだけになっていた。
このおじさんもLycian Way全線を歩くという。
記憶が確かであれば、20日で歩き切ると言っていた。
単純計算で1日27㎞歩くことになる。
平らな道ならまだしも、アップダウンの多いLycian Wayで一日にその距離を歩き続けたら大したもんだと思う。
この時の僕は、Lycian Wayがどんな道なのかあまり分からないでいた為、たいして驚く素振りも見せずに、「いいですね~!頑張ってください!」なんて明るく答え、先へ進んだ。
このおじさんとはこの旅後半で再開することになる…。
この時の面影を微塵も感じさせない彼と…。
山道ジュース販売ビジネスの実態
道幅も徐々に狭くなり、足元にはごつごつとした岩が現れだした。
おじさんとお別れして30分ほど経った頃、
少し先の方に木陰のできた良い感じの休憩スペースを発見。
そこまでの距離を一歩一歩詰めていくと、木に張られたハンモックの横に一人の男性の姿が見えた。
そこで彼は「no sugar」「only fruit」を謳うジュースを販売していた。
そういえば、ここに着く100mほど手前の木に「この先ジュースあり!」というビラが打ち付けてあったのを思い出した。
ジュースはオレンジとザクロの2種類。
クーラーボックスに冷凍したジュースが入れてある。
値段は300mlのペットボトル1本で75リラ。400円ほどだ。
少し高いが、背に腹はかえられぬ思いで購入。
僕の飲み水は、常温水というよりペットボトルの中で白湯に近い温度に変わっていた。
そんな中、目の前にキンキンのジュースがある状況を逃すわけがない。
ほどよく溶けたキンキンのジュースが太陽の熱にやられた体に染み渡る。
「くぅ~~~!」
生き返る。
キンキンの飲み物を飲むと、容赦なく降り注ぐ太陽の熱から解放された気分になった。
そこでしばし休憩。
そこで気になったことを男性に色々伺ってみた。
「なぜ山の上でジュースを売っているのか。」
「ここで寝泊まりをしているのか。」
「これが本職なのか。」
「一日いくら稼げるのか。」
「ここでの稼ぎだけで生計をたてているのか。」
少し踏み込んだ質問ではあるが、彼は快く答えてくれた。
回答としては、
フェティエから毎朝ここまで来て、Lycian Wayを歩くハイカーのためにジュースを売っている。
一日500リラ~1000リラほど稼ぐ。
日本円で2750~5500円ほど。(2023年9月時点)
これが本職で、ここでの稼ぎで生活していると言う。
僕はおったまげた。
職業 ジュース売りだ。
しかも山道の路上販売。
キッチンカーやお店を構えての商売とはわけが違う。
その時は呆気にとられたが、トルコに1か月と少し滞在した中で出会った方の職業やお給料を聞いていくと、普通に生活できる金額なのかなとも今は思う。
カッパドキアのとあるカフェの店員さんの一日のお給料が、日本円で1300円ほど。月30日、週休2日で計算すると3万円ほどだ。
また、休日の日数は分からないが、医療公務員のトルコ人の1か月のお給料が7万円ちょっと。
対してジュースビジネスはどうか。
彼の回答に則り、
一日2750円の最低ラインの売り上げ、月30日、週休2日で計算すると最低で6万円は稼げることになる。
毎回5500円ほどの売り上げが立てばひと月12万円だ。
そこからジュースに使うフルーツの仕入れ等の諸経費、税金等がかかってくるだろう。
その辺のお金の事情はさっぱり分からないが、
”山道ジュース販売ビジネス”が成り立っていることが何となく分かる。
どうやらイスタンブールあたりの都市部の平均手取り額は7~8万円ほどらしい。
恐るべしジュースビジネス。
大したことはない謎…(前編)
山道ジュース販売ビジネスの実態に迫った後も引き続き山道を歩いた。
沢山の動物にご挨拶し、アスファルトの道に下りた。
どうやら小さな町に降りたようだ。
この町にはバタフライバレーという美しい渓谷がある。
その渓谷を谷の上から見下ろせるポイントが絶景だ。
日本でこの旅の計画をしている段階で、バタフライバレーは見ておきたいと思っていた。
しかし、僕はLycian Wayのルート上にそのポイントがあると思っていた。
実際は、小さな町に降りてからそのポイントまで長い上り坂が待っていた。車で行けばなんてことない距離だ。
しかし、重い荷物を担ぎ、山道を登って降りてきた僕にとって、その上り坂は天国への道に他ならなかった。
僕は天国へはまだ行きたくなかったため、ひとまず道沿いのレストランで腹ごしらえすることにした。
レストランに入るとすぐにお店の人が注文を伺いに来た。
僕はトルコ語表記のメニューがさっぱり分からなかったため、
レストランの前にあった写真付きメニューを指差して注文した。
恐らく肉串だろう。
とにかくタンパク質を摂りたかった。
ついでにジュースも手に取り席に戻った。
そしてほどなくして、バスケットを持った店員さんが僕のもとへやってきた。
そして僕のテーブルの上にそれが置かれた。
中には小さくカットされたパンが入っていた。
「ん…??」
「俺はパンなんか頼んでないぞ。」
「もしかして、指差ししたときに別の物と見間違えたのかな?」
「俺はパンじゃなくて肉が食いたいんだ。」
頭の中でそう思った。
僕は店員さんに注文の確認をした。
再びお店の前のメニュー看板を指差して、
「これです!この Et şiş ってやつです!」
すると店員さんが
「今キッチンで作っているよ。」という。
注文が通じていたなら良かった。
一安心して席に戻った。
となると、このパンはいったいなんだ?
メニュー看板にはお米とポテトと肉串が描かれていた。
パンのイラストなんて微塵もなかった。
僕は、「まぁいいや、エネルギーになるし。」そう思うことにした。
そしてメニュー看板に描かれていたような肉串プレートがテーブルにきた。
お腹の空いていた僕は、肉串プレートとパンを瞬殺。
そして、ちゃっかり気に入ってしまった食後のチャイを注文しお店を出た。
結局、一切謎は解けなかった。
ご飯のつきのプレートを頼んだのにパンが来るなんて…
その謎が解けたのは翌日のことであった…。
後編へ続く。
極端な二択式シャワーの手解き
バタフライバレーへの天国の坂を上らず、僕はビーチへ向かうための坂を下った。
本日の目的地はカバク≺Kabak≻。
カバクのビーチに宿泊予定のキャンプ場がある。
今日は日暮れ前に目的地に着けそうだ。
そのため、体力に余裕があれば海水浴を楽しもうと思っている。
カバクまでの道は下り道一本で終わることはなかった。
300mの丘を越える。
普段なら何てことないこの標高も、アップダウンの連続が続くこの道においては辞めて頂きたい。
さらに、灼熱の太陽が肌に突き刺さる気温の高さではしんどいものだ。
丘を越え、上げた分の高度以上の下りを経た先には美しいビーチが待っていた。
アスファルトの下りは膝に悪い。
ビーチの先の細い道を進むとSecret Garden Kabakというキャンプ場に着く。
本日の宿泊地だ。
名前通り、隠された秘密基地の様だ。
チェックインでパスポートを渡し、手続きをした時、
「お前は日本人か!」
「初めての日本人客だ!」と受付の兄ちゃんが言う。
この人以外が受付をしている場合も考えられるので実際のところは分からないが、「初めての日本人」と言われると、とんでもない秘境の地に来たような感覚に浸れる。
それはとても気分が良いものだ。
「初めて」って何でも印象的で、不思議な魅力がある。
僕は少し冒険家にでもなったような、浮ついた気持ちになった。
そんな心地よい状態でマンゴーティーを引っ掻けタバコを吸う。
疲れた体に染み渡る甘くて冷たい飲み物。
至福の時間だ。
一休みした後、テントを設営した。
そしてお待ちかねの海水浴の時間。
地中海を堪能するためにフェティエで買ったゴーグルを持って海へ向かった。
カバクの海は透明度が高くて驚くほど綺麗だった。
海に浸かり一日分の汗を流す。
水温も完璧だ。
最高に気持ちが良い。
海で汗を流し、少し体の冷えたタイミングでシャワーを浴びにキャンプ場に戻った。
シャワー室は4つほどあった。
すべて温水の出るシャワー。
最高に幸せだ。
ただ熱湯か冷水しか出ない極端な二択式シャワーだ。
この手のシャワーはちょうど良い水温が出るところに、ピンポイントにレバーを合わせなければならない。
これは至難の業だ。
少しでも熱湯側に向けば、アツアツのお湯を浴びることになる。
それが叶わない場合は、
熱湯と冷水のレバーをタイミングよく切り替え、体の表面上でいい感じの水温を作る。
これは単純だが経験がものを言う。
しかし、練度を高めればいくら極端なシャワーと言えど快適に浴びることができる。
僕は宮古島に3ヶ月住んでいたことがある。
その時も熱湯か冷水かの極端な二択式シャワーだった。
正確に言えば、住み始めてからの2ヶ月は冷水しか出なかった。
11月になり、朝晩は少し冷え込む気温になったタイミングでお湯が出るように修理してくれた。
もう少し早く直して欲しかったものだ。
僕はそんな環境で1ヶ月過ごした。
その道のプロからみたらまだ若輩者かもしれないが、1ヶ月の経験があるかないかでは雲泥の差だ。
久しぶりの作業に、少しアツアツのお湯をくらいながらも体を清めた。
アース的な時間
この日の夕食も変わらず、パンにドリトスとツナを乗せた特性カロリーフードだ。
マイナーチェンジとしては普通のパンから、かさばらないトルティーヤにしたことだ。
シャワーを浴びて、夕食を済ませた時には日も暮れ始めた。
夕日を見に再びビーチへ。
ビーチにいる人たちは皆、太陽の沈むさまをしっかりと見届けている。
「あ~素敵な時間だ。」
「アース的な時間だ。」
おやすみなさい。