![見出し画像](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/155107215/rectangle_large_type_2_b0076f350715848d4e3b3ca2515c4beb.jpeg?width=1200)
Suzy Le Helleyによる香水:Acne Studious par FREDRIC MALLE
昨年の9月にパリで話を聞く機会のあったスージーが手掛けた香水「Acne Studious par FREDRIC MALLE」を初めて試した。
スージー・ル・エレー(Suzy Le Helley)は香料会社大手の仏シムライズ社に在籍する調香師で、昨年インスタグラムを通じて彼女にコンタクトし、バーでお酒を飲みながらのカジュアルな面会が実現した。その時の記事はこちら。
フレデリック・マルとのコラボレーションによるアクネ・ストゥディオス初となる香水が今春発表された際、日本でもWWDやVogueなどで大々的に取り上げられた。いくつかの記事を読んでいくと、ネオクラシカル、アルデヒドの現代的な解釈、柔軟剤のキッチュな感じ、といった一見相反するようなキーワードと要素の多さに混乱するとともに、どことなく人工的な香りのイメージを持った。
その後、どんな香りなのだろうと気になりつつ、アクネのお店へ足を運ぶ機会がないまま時間が過ぎたが、先日たまたま店舗の前を通りかかり、香りを試す機会があった。
「キッチュ」のワードが頭から離れず「チープな感じがしたら嫌だな」と思ったが、店員の方に一吹きしてもらうと、甘い優しい香りが広がった。
いかにも月並みな表現だが、もう少し詳しく書くと、ネクターのようなとろみのあるはっきりとした甘さ(甘ったるさといってもいい)があるのだが、鼻を刺すような人工的な感じや粘膜にまとわりつく嫌な感じはしない。
「あ、思ったより自然な感じで心地よさがある」
と自然を愛するスージーのことを思い浮かべながらほっとした。
更に香りを追跡していくと、花の甘さの奥にアルデヒド調の香りが広がっていた。アルデヒド調はシャネル「No.5」などに代表されるノート。ちょうど数日前久しぶりに「No.5」をつけたところだったので、同じベースを二つの香水から感じることができた。
調香師による過去の香水へのリスペクを感じるとともに、「ああ、これがアルデヒド調なんだ」とはっきり認識できた瞬間だった。スージーありがとう!
この香りがどのように肌の上で展開されるのか気になったので、お願いして右腕に一吹きしてもらった。素敵な香りだが、海外の有名香水ブロガーが「いい香水だけど、プライスタグに要注意」と言っていたように、100ml 54,780円、50ml 38,500円するので簡単には買えない。しばらく会話を交わしたあと、「時間の経過をみてみます」とお礼を言って店をでた。
しばらくするとムエットからは外国の洗剤のような香りが漂ってきた。その香りは家に着く頃には南仏の日差しにさらされたリネンのような香りに変化して、懐かしさを覚えた。
肌の上では、相変わらずはっきりとしたガーデニアのような甘さが、徐々に丸みを帯びながら留まり続けた。
お店で「時間が経つとサンダルウッドのスパイシーな感じがでてくる」と聞いていたが、うまく感じることができなかった。
![](https://assets.st-note.com/img/1726900335-eHF6b3MCnsuhL41cjDwNQiVq.jpg?width=1200)
ムエットの裏面にはフランス語と英語で香りの説明が書かれている。
La fraîcheur puissante des aldéhydes. La douceur exquise de la pêche, de la fleur d’oranger et de la vanille. La chaleur enveloppante du musc et du bois de santal.
A burst of fresh aldehydes. The tender alchemy of peach, orange blossom and vanilla.
The exotic comfort of musk and sandalwood.
面白いことに仏英表記で少しずつ表現が異なる。
仏:アルデヒドのはっきりとしたフレッシュさ。ピーチ、オレンジフラワー、バニラによる甘美なる柔らかさ。ムスクとサンダルウッドの包み込むような温かさ。
英:フレッシュアルデヒドの炸裂。ピーチ、オレンジフラワー、バニラの優しい魔法。ムスクとサンダルウッドによる魅惑の心地よさ。
少し意訳が入るが、二つの言語がまるきり直訳でないことがわかるだろう。そして用いられる語彙によって喚起されるイメージが変わってくる。
***
当たり前のことかもしれないが、この香りを調香したのはスージー・ル・エレーだが、主役はあくまでアクネ・ストゥディオスというブランドだ。
WWDの記事によると今回のプロジェクトではアクネ・ストゥディオスのクリイティブディレクター、ジョニー・ヨハンソンからは膨大な資料からなるムードボードが提出され、また今回コラボレーションを提案した香水メーカーの創始者「フレデリック・マル」のマル氏とヨハンソン氏の間でたくさんの議論が交わされたという。
彼女がどのようにムードボードを読み解き、様々な会話から一つの物語(香り)をまとめていったのだろうかと想像するととてもドキドキする。
一度会ったことあるだけだが、彼女はとても穏やかで落ち着いた人だった。そこには氾濫する情報や複雑な状況にも物怖じせず、物事を明晰に見極める冷静さやが備わっているように感じられた。そして周囲に流されず自分の意見が持てるような強さも。
この香水からはフラコン(香水瓶)の裏側で、クリエイターやブランドの世界観に対する一つの解釈と、それを香りで再構成する彼女の方向性や意思を明確に感じることができる。
前述の香水ブロガーが自身のYou Tubeでより廉価で手に入るアクネに似た香水を紹介していた。似ているが、やはり少し違うのではないかと思う。
もし彼女のことを知らなかったら、一つの香水に対してここまで色々なことを感じることができなかったかもしれない。調香師に限らず、クリエイターのことを知り、その人の作品とじっくりと向き合うことは、インタビューを通じて得られる素晴らしさや喜びの一つだ。
去年会った時、既に多忙を極めていたスージー。次いつ会えるのか、果たして再会が叶うのか、よくわからない。次会った時、彼女にもっと本格的なインタビューや企画をオファーできるように、このプロジェクトを育てていきたい。
関連記事:
昨年のスージーとの面会を回想したエッセイ