完全自動運転を開発するのは人なのかAIなのか
生成AIを活用した完全自動運転車両の開発に取り組むスタートアップ企業のTuring株式会社(以下:チューリング社)はAI開発の先駆者である山本一成氏と最先端自動運転開発に携わってきた青木氏が2021年に共同創業した会社です。「完全自動運転に必要なのは良い眼ではなく良い頭である」というコンセプトを基に多くのセンサーや高精度地図を用いるのではなくカメラの画像情報を適切に判断し、実際に運転制御を行うAIを開発しています。
チューリング社は2024年に自社EV100台の販売、2025年に完全自動運転車のプロトタイプ完成、2028年に量産開始、2029年にレベル5自動運転達成。2030年に1万台生産を目指しています。「テスラを追い越す」をミッションに掲げています。自動運転はLiDAR(レーザーセンサー)方式とカメラ方式がありますが、チューリング社の自動運転アプローチはカメラ方式です。実際に道路を走行することで学習データを集めており、そのためには約125万kmの走行距離が必要と考え、データ収集車も開発して実際に走らせています。カメラ画像と加速度系GPS・ハンドル操作データなどと合わせてマルチモーダル学習を実施、すべて自分たちで行うことを重視しています。
米国や中国では数多くのEV・自動運転のスタートアップ企業が登場し、実際に車を開発・販売しています。既にレベル4の自動運転タクシーが街中を走行し始めています。自動運転レベルは0-5の6段階に分類され、手動運転に相当する「レベル0」から完全自動運転を示す「レベル5」に進むにしたがって運転支援・自動運転の程度が上がります。レベル1はシステムが前後左右のいずれかの車両制御を実施する運転支援、レベル2は特定条件下での自動運転機能(高機能化)、レベル3はシステムがすべての運転タスクを実施するがシステムの介入要求等に対してドライバーが適切に対応することが必要な条件付き自動運転、レベル4は特定条件下においてシステムがすべての運転タスクを実施する特定条件下における完全自動運転になります。
チューリング社が目指す完全自動運転車を作るにはセンサーだけでは不十分だと言います。私有地での自動運転では事前に高精度マップを使うことが基本ですが、すべての場所で高精度マップを作るのは事実上不可能であり、仕組みも様々でルール化も難しいです。人間なら難なくできるところも現在の技術では突破が難しくセンサーが良いからといって自動運転ができるわけではありません。人間はこの世界に詳しく、いろいろな文字やジェスチャー指示を見て判断できますが、自動運転車にはこの世界を理解した大規模なニューラルネットワークを必要とし、複雑な世界の認識を解決するためにチューリング社では大規模言語モデル(LLM)の活用を戦略として採用しています。
LLMとは大量のテキストデータから学習し、人間のような自然な文章を生成したり質問に応えたりすることができるAIモデルです。画像生成AIのStable DiffusionやChatGPTがよく知られておりLLMの本質は言語を通じてこの世界を認知・理解していることだと言われています。チューリング社は従来の車の技術者とソフトウェアの技術者が仲良くならないと自動運転はできないと考えています。車づくりそのものに関して日本は優れているがハードウェアとソフトウェアの融合がうまくいっていないことからチューリング社はLLMの活用でブレークスルーを狙っています。
米国や中国では500社を超えるEVメーカーが登場し、自動車は100年に一度の変革期にあります。Googleやテスラのように米国ではゼロからスタートして大きくなった企業がこの数十年間に数多く出てきており、新しい企業が新しい技術で既存企業を凌いで大きくなれることが米国経済の強さの源泉にあります。日本からもっと新しいチャレンジャーが生まれてこないと日本経済の活力は生まれないと思います。チューリング社はEVの完全自動運転車を作るためにやるべきことをすべて自社でやることを目指しています。そのためにはソフトウェア・製造・販売・充電網の構築なども行います。国内において市販されている最高性能のソフトウェアを目指しており、ソフトウェアで自動車業界を変革するという野心を持って取り組んでいます。
クレイトン・クリスチャンセン氏が著書「イノベーションのジレンマ」で述べた破壊型技術革新やアイデアによって既存の事業を打破し、その事業の業界構造をガラッと一変させてしまったことを私たちは度々目撃してきました。既存事業の持続的技術革新は新興事業の破壊的技術革新に敗れることになります。既存の大手自動車メーカーは完全自動運転車を作ることに実は悲観的でAI活用を取らず、従来通りの人による開発アプローチを取っています。しかし、中国の百度、米国のテスラに代表される新興EV企業はAI活用による完全自動運転車を作るアプローチで野心をもって取り組んでいます。日本企業が得意としてきた「改善」「改良」は持続的技術革新で、既存市場において顧客に求められている価値をさらに向上させることで顧客満足を向上させる技術革新ですが、既存の概念にとらわれず、新たな発想を積極的に取り入れる破壊型技術革新が生み出す新製品や新サービスはこれまでに存在していた製品やサービスの価値を低下させ、まったく新しい価値を市場に作り出すものです。
既存の市場や顧客というよりも全く新しい顧客に向け新しい市場を創造する破壊的技術革新は既に自動車の分野で成功している日本の自動車メーカーにとっては現時点では未知数であり魅力がないように見えているのでしょう。企業は冒険を避け、守りの姿勢をとるようになり、現状の商品の改良のみに終始し、結果的に新たな需要や未知の市場に目が向かなくなります。これを「イノベーションのジレンマ」と言うのです。これまで音楽や携帯電話の世界などで度々目撃してきた「イノベーションのジレンマ」を近いうちに自動車の世界で目撃することになるのではないでしょうか。