『歌者』の話
フジファブリックの山内総一郎さんがソロ名義でリリースしたアルバム『歌者』を聴いた。
雑誌『音楽と人』のインタビューでも話していたけれど、ひとつひとつの曲にかなりはっきりしたストーリーがあって、短編集を読んだような感覚になる。実際、曲を作るのにあたってかなり詳細にプロットを立てたという。
誰もいないオフィス、昼下がりの街角、雨上がりの大通り。卒業式の後の教室、自転車で駆け上る坂道。早朝の地下鉄、連なるテールランプ。情景描写はそれほど克明でない曲もあるのに、いくつかの単語と曲調、音像から風景が目に浮かぶ。
フィクションとして書かれてはいるけれども、その根底にあるのは作り手自身の記憶とか感情だろうから、そういう意味では私小説的な作品だ。中でも「白」なんかは明確に志村さんに向けて歌われていて、ドキュメンタリーと言っていいぐらいの生々しさがある。
それでいて、この作品は山内総一郎というミュージシャンひとりだけのためのものではなくて、あくまでもバンドのためのものだというところが山内さんらしい。
ソロでの活動は「フジファブリックというバンドのためにできること」として、つまりソロでの経験や作品をバンドに還元するためのものだということを同じ『音楽と人』のインタビューでも話していた。
名義がバンドだろうとソロだろうと、どこまでもフジファブリックを大事に、第一に考えている人なんだなと思う。
前置きが幾分長くなったけれど、ひと通りアルバムを聴いての感想を書こうとしていたのだった。
「Introduction」はその名の通りアルバムの導入。クワイアのような短いフレーズ。リリース前の情報でインスト曲だと思っていたのだけれど、ここも歌声なのか、と意外に感じた。
バンドのこと、志村さんのことを歌った「白」は、リリースに先んじて配信ライブでの初披露も聴いていたしMVも観ていたものの、やっぱり凄い曲だとつくづく圧倒される。想いをここまで赤裸々に、直接的に作品にできるようになるまでに、どれだけの葛藤や逡巡、決断、覚悟を経てきたのかを思うと気が遠くなる。「いつだって側にいて君のことを歌っていよう」という一言がどれほどの重みを持つことか。
蓼科で撮影されたMVも良い。
ピンと冷たく澄んだ空気が想像できるような白銀と、そこに差す陽光のまぶしさ、そう遠くはない春の予感、柔らかく波打つピアノのハンマー、真っ白な空間に響く歌声。どれも美しくて目を奪われる。
アルバムの実質1曲目にして、ソロでの作品を出すことの意味をはっきりと見せてくれている気がする。
続く「最愛の生業」はがらりと雰囲気が変わってポップスらしいアレンジ。働く人々への応援歌であり人間賛歌だ。
どんな仕事も楽なものではないし終わりも見えないが、こういう心持ちで働けたらなと思う。せめて通勤中にこの曲に合わせて、姿勢よく軽快に歩いてみようか……などと考えながら聴いていた。
「大人になっていくのだろう」は、歌詞もメロディも、良い具合に肩の力の抜けた曲という感じがする。子どもらに対する視線がすごくリアルだ。
何が劇的なことが起きるでもなく、淡々と、こういう日々があったなと思い返す、そんな時間があっても良い。「大人もきっと寂しいよ 大人はもっと散らかすよ」というフレーズは端的で、そうか、そういうもんかと思わされる。
「歌にならない」の冒頭、「待つだけじゃこのカップは満たせない」で「Green Bird」を連想する。冷め切ったカップ。
韻を踏んだ歌詞もアンニュイな雰囲気のアレンジも良いのだけれど一番印象に残ったのは最後の歌詞で、歌にならないそれ、の曲ではなくて、それ以外歌にならない、ということだったのにハッとした。
「Introduction」と同様にアカペラの「Interlude」を挟んで、今度は10代の主人公が登場する「青春の響きたち」。
がらんとした教室、式が終わった後の昼下がり、開けた窓から吹き込む春風と膨らむカーテン、黒板を埋め尽くす落書き――というような風景が容易に目に浮かぶ。当たり前みたいに続いてきた日々へのピリオド。「身勝手な春」という言い回しが良い。
「風を切る」は、今のところシンプルに一番好きな曲。軽快な曲調で、からりと晴れた夏空を思わせる。あっけらかんとしているのに切ない。
サビの歌詞の「ドレミファ」に合わせてメロディが動く遊び心。手紙や車、手を振ったりペダルを漕いだりと「桜の季節」や「ペダル」へのオマージュと取れる単語が出てくるのもおもしろい。
「気配感じ鳴き止む蝉の 研ぎ澄まされた刹那」という表現も好きだ。騒がしく鳴いていた蝉がふっと一斉に鳴き止むあの瞬間をこんな風に捉える感性が素敵だと思う。
「地下鉄のフリージア」は、早朝の電車に流れる独特の空気が感じられる音像で、これもかなり好きな1曲。山内さんの低音部の歌い方がなんとなく新鮮に聞こえる。
フリージアは春に咲くアヤメ科の花だというから、ちょうど今頃の季節に合う。鮮やかな色、凛とした姿の花を思い浮かべる。
「どうやって伝えよう 君が美しいこと」という歌詞が耳に残る。伝えたい、伝えられない、伝える術を持たないのか、言葉を持たないのか。それでも伝えることを諦めない真摯さ、誠実さ。ここにはやっぱり作り手の人柄がにじみ出ている気もする。
短編集のようなアルバム、と最初に書いたが、「あとがき」はまさにそれを締めくくる1曲。収録曲の中では唯一、アレンジもギターとピアノの演奏も全て山内さんが一人で手掛けている。ミニマルでありながらドラマチック。「あなたに逢いたい もしものない世界」というのが切ない。メロディも感傷的。
最後に「Introduction」「Interlude」に繋がるようなコーラスが入っているのは裏表紙みたいにも思える。
と、ひとまず第一印象での感想を書いてみた。
まだアレンジや細かい部分の演奏、歌い方まで聴き込めていないし、歌詞のほうもこれから聴いていくうちに新しく気づくことがあるだろう。
それでもとにかく、短編集のような構成の中に、今の山内総一郎さんだからこそ歌える優しさとか寂しさ、切なさ、愛情、平たく言えば人間愛のようなものが感じられる作品だ。
この曲たちがライブでどう歌われるのかというのも早く知りたいし、これがフジファブリックにどんな風に還元されていくのかも観てみたい。
もうバンドは2024年のデビュー20周年やその先を見据えて走り出しているし、『歌者』はきっとそこに向けた布石になっている。
とにかく私は、この続きが楽しみでならないのだ。
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