少し振り返ってみましょうか
この文章を石田凱士選手が紡いできた9年の歴史に捧げます。
心からの感謝と祝福を込めて!
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鮮烈な夜だった、と記憶している。
聖地 神戸にて夏の大一番を控え、団体が一丸となって歩みを進めていた6月。
突如その年の舞台から退いた男が辿り着いたのはGLEATのリングだった。
メインイベント 挑戦者 DOUKIvsチャンピオン エル・リンダマン 団体の境界を越えたジュニア同士の戦いの興奮が冷めやらない後楽園ホール
何者かの侵入を警告するけたたましいブザー音と共に現れたのが石田凱士、その人だった。
物静かな黒髪からガラリとイメージを変え、持ち前のふてぶてしさを初見の観客たちに存分に印象付けながら「グレイト」を宣言した。
石田凱士の第2章の幕開けだった。
その後、大阪・名古屋と行われた興行に相次いで石田は姿を現した。
試合さながらの強烈な蹴りと己の存在を誇示する物言い、目の前の試合は既に終了しているにも関わらず男は毎度印象を残しては去っていった。
しかし、その尊大な振る舞いやTシャツとスニーカーという神聖なリングに上がるにはいささかラフすぎる装いに当時、難色を示す者もいた。
「誰かアイツを止めてくれ」
そんなファン・選手の思いを受けて石田の前に立ちはだかった男がいた。
60秒最強の男 井土徹也だった。
互いに身を削り合うような戦いの末、リングに立っていたのは石田だった。
鮮血を流しながら鬼神の如き強さと冷酷さで打ち倒す姿。
やはり石田凱士という選手は、熱狂の渦中が似合う。
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井土から始まり、鬼塚に頓所、椎葉と新世代戦士を薙ぎ倒した石田の次なる目標は団体の無限大の可能性を象徴するベルトだった。
クワイエット・ストームとの急造タッグ、
BULK ORCHESTRA 同門対決とも言える試合のなか終盤、ストームが島谷をフォールしたその瞬間割れんばかりの破裂音が後楽園ホールの熱気にメスを入れた。
石田が所持していたボックスでストーリーの背中を殴りつけたのであった。
突然の裏切りに観客たちはおろか選手まで驚く。
ざわめく会場を見渡し、本来の目的はエル・リンダマンの保持するG-REXのベルトであることを告げる。
静まり返る後楽園、ファンの中にはせっかくのタイトルマッチをノーコンテストで掻き回され怒りの声も続出。
本興行は後にGLEAT最大のバッドエンドと称されるの事となる。
まさに彼の存在はこの団体にとっての劇薬だった。
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波乱から一夜明け、エルリンダマンの快諾を得て決定したG-REX タイトルマッチ。
場所は12.30 東京ドームシティホール。
石田はGLEATのリングで初の敗北を喫した。
これまで主力としてきたハーフタイガースープレックスと第2の武器 アンクルホールドを持ってしても王者のその常人離れしたスタミナには適わなかったのだ。
先般の後楽園ホール大会にて結成した石田軍(仮)にさん支えられながらリングを後にするその背中には不思議と敗者特有の悲壮感は感じられなかった。
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年が明けてGLEAT 2023年開幕戦は エディオンアリーナ大会。
関西地方のプロレス会場のメッカとも言える場所での初開催、また初の声出しOK興行という初めてづくしのビッグマッチ
その記念すべき第1試合は本大会のメインイベント G-REX王座に挑む挑戦者を決めるランブル戦だった。
入場しては退場、入れ代わり立ち代わり目まぐるしくリング模様の変わるこの試合を見事勝ち上がったのは石田だった。
早すぎるリマッチにざわめく会場内。吉野正人コミッショナーの前に石田が跪きその首に挑戦者の証であるメダルを受け取る。
正式なエル・リンダマンとのリマッチが決定した瞬間である。
メインイベントは壮絶だった。
互いに年末のダメージも癒えないなか、一貫してその脚を狙う石田。
そんな石田に対して全力、いやそれ以上のパワーで応えるリンダマン。
わずか1週間足らずの対面に不満の残る様子だった会場も2人の熱気に感化され、声を枯らしてこの団体の“最強”の座の行く末を見守った。
リンダマンの渾身のジャーマンをカウント2.9と寸前のところで返した石田がその足首を捉える。
アンクルホールドだ。
締め上げる石田、苦痛の表情で耐えるリンダマン。
セコンドのCIMAがロープエスケープを促す悲痛な声だけがやけに頭に響いた。
永遠とも思えるその時間を終わらせたのは痛みに耐えかねた王者がマットを叩く音だった。
ギブアップを意味するそれは、新王者の誕生を告げていた。
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団体最高峰タイトルを奪取、その後一度の防衛戦を経て短期間の間にその王座を手放すも彼の活躍は止まらない。
BGメンバーと共に開催した第1回目のBGI興行は無事に成功を収め、次なる活躍の場所は明るく激しいセルリアンブルーだった。
レジェンド世代から続く伝統と実力で今なおスターを生み出し続けている全日本プロレス、そのJrタッグリーグに石田は同ユニットである鈴木鼓太郎と共に参戦を表明した。
青柳亮生やライジングHAYTOを初めとして全日本プロレス本戦でもでも人気を誇る面々が集う本リーグ。
かつての同郷、石田にとっては思い入れ数多であろう男 土井成樹・谷嵜なおきとの1戦、勝ち点同点として勝ち上がってきた亮生・HAYTO組を下し、石田と鼓太郎はその巨大なトロフィーを手にした。
余談だが、この際に石田が言っていた「褒美」はいつ達成するのだろうか…
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タッグリーグ終了から間もなく5.29 全日本プロレス 後楽園大会。
青柳亮生が土井成樹に雪辱を果たし、世界ジュニアヘビー級王座に返り咲いた。
漸く手にした輝くベルトを掲げながら試合終了後のマイクにて彼は石田を次の挑戦者に指名すると語った。
とは、本人の反応。
曰く「逆指名って相手をリングに呼んでやるもんちゃうんかい」
それはそう(同意)
とは言いつつも後日の記者会見では「ジュニアの層が薄い全日本プロレスを外敵である自分がベルトを取ったら盛り上がる」と語り、真面目な一面を見せた。
迎えた当日
外敵から秘蔵のベルトを守り抜かんとする亮生にファンの期待が一身に注がれる。
石田にとってはまさにアウェイでの戦い。
そんな中でこそ彼はより1層輝く
跳ねるような空中技、すかさず打ち込まれる蹴り。一進一退の攻防の中、石田は亮生のファイヤーバードスプラッシュの前に屈した。
3月に行われた団体対抗戦、タッグリーグのリベンジマッチとも言える本試合。
これからの日本プロレス界を担う若き2人の健闘を称える拍手は鳴り止まなかった。
後日、GLEAT公式Xからの告知
先般の戦いで腕から手首にかけての骨を折ってしまったらしい。
しかしここで折れる彼ではなかった
(骨は折れてるのに……)
発表後の大阪大会、OPにて現れた彼。
マイクで怪我の状況を説明し、以降のどの大会にもセコンドとして姿を現した。
初めは患部である左腕は包帯で巻かれていたが時間の経過と共に回復に向かっていたのだろう。
試合に乱入しては「こいつ実は試合できるだろ」と揶揄される場面もあり、彼のファンへと向けたさり気ない心遣いが何より嬉しかった
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またこの年、GLEATはある1つの挑戦をした。
両国国技館でのビッグマッチの開催だ。7月の TDCホールで行われた団体旗揚げ記念からわずか1ヶ月後。
純プロレスにUWF、MMAを盛り込んたかなりの“賭け”とも言える決断、勿論6月から欠場に入った石田の名前は対戦カードに無い
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筈だった。
メインイベント 、飯伏幸太の日本復帰戦であるイリミネーションマッチに彼の名前はあった。
所属団体から波乱の退団後、日本のリングにて復帰を果たすゴールデンスターを迎え撃つべく結成されたGLEAT内で結成されたドリームチーム。
飯伏に対して5人それぞれの感情が渦巻く中、石田は「潰す」とその闘争心を余すことなく剥き出しにし続けた。
そんな石田が実力でこのイリミネーションマッチを生き残り、飯伏選手と直接対峙したのだ。
両国国技館で大歓声の「凱士」コールを受けるその後ろ姿を直接見届けることが出来たのは私にとって何事にも変え難い夏の思い出となった
熱戦後、発表された対戦カードに彼の名前は無かった。この時初めて私は彼が完全復帰したわけではないと悟った。
自身の怪我も完治しないなかあの試合、あの熱量。
彼のストイックさと意地には驚かされるばかりだった
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4か月間の欠場期間を経て復帰戦を控えた10月。
とある知らせが駆け巡った。
後楽園大会での復帰戦の相手を務めるフラミータが母国 メキシコの試合中の事故により、来日が困難となったのだ。
大会まで残り5日。
フラミータの代わりに発表された相手は「X」だった。
プロレスファンにはお馴染みの当日発表だ。
「石田凱士の復帰戦、しかも相手は当日までわからない」となるとファンの注目が集まるのは必然だった。
復帰戦とはいえ毅然とした態度を崩さない石田、
同志フラミータからの映像でのメッセージの後に試合の第2の主役の入場曲が鳴り響く
「I Like COLA!」
GLEATファンには耳なじみのある曲、後輩と団体の危機に立ち上がった男はCIMA その人だった。
彼の参戦はおそらく石田本人にも伝えられてはいなかったのだろうか。
早押しクイズの如くいち早く気付いたディープなファンから少し遅れて、猫のように目を細めて頼れる男の入場を待つ様子が見えた。
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欠場期間中のフラストレーションをここぞとばかりに発散するような復帰戦を終え、石田は一人の男をリングに呼び出した。
欠場期間中、仲間達の有志をセコンドという形で間近で見て溜まったフラストレーションをここぞとばかりに発散するような復帰戦を終え、石田は一人の男をリングに呼び出した。
山村武寛
2017年 試合中に山村を襲った不慮の事故は頚椎の脱臼と診断された。
その負傷箇所は主治医によりプロレスへの復帰は絶望的とまで通告されるものであった。
しかし、本人の懸命な努力と周囲の暖かいサポートにより彼は12.30 TDCホールにて待望の復帰を控えている。
そんな彼は石田にとって唯一の同期だった。
同時期に龍の門を叩いた人間が一人、また一人と減り、二人だけになったその時、彼らは同日に互いが対戦相手という形でデビューした。
その後、山村並びに#STRONGHEARTSの退団があり彼ら二人を取り巻く状況は大きく変わったもののその固く結ばれた絆を信じてきたファンは多かっただろう。
だからこそ、この日の石田のマイクを聴いて感傷に浸る者はあれど、その決断に異議を唱える人はおそらく一人たりともいなかったはずだ。
同じく山村との縁が深い鬼塚が「自分も復帰戦の相手を務める」と名乗りを上げ、その座をかけたシングルを争うも紙一つのところで勝利を収めた石田は当初の宣言通りTDCホール、山村の対極に立っていた
同期との5年振りの再会ながらも一切甘えや容赦のない攻め。
山村にとって空白とも言える5年間の“差“を残酷なまでに突きつける。しかし、その一撃の重さこそこれからのGLEATひいてはプロレス界を共に歩んでいく事への覚悟の重さだろう。
しかしこの痛みこそが石田が山村に与えた最大の賛辞であることは誰の目にも見ても明らかだった。
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ロープに取り囲まれた小さな国を飛び越えて、リング外でも世情が日に日に動き続けるプロレスは小さな世界史を見ているようだ。
その様はページを捲るたびに世界の情勢が移り変わる学生時代のワクワクを思い起こさせる
さて、来る6月 GLEATはとある団体と手を組んだ。
その相手こそがDDT
色物から正統派まで個性豊か、昨今の推し活ブームを真っ先に取り入れながら創意工夫を凝らしたマッチメイクを行う、マスメディアでの露出も多い団体。と私は認識している。
そんなDDTとGLEATの異色コラボに石田も当然の如くGLEAT代表選手として第5試合10人タッグイリミネーションマッチに加わった。
チームメイトはDAMNATION.TA 佐々木大輔、KANON、加えて自身が率いる BGIの鈴木鼓太郎、ハートリー・ジャクソン
佐々木選手、KANONくんと(彼にしては)くだけた口調で親しげに作戦会議(?)を行うSNSのやり取りが印象的だった。
期待していた試合形式では無いことに不満を覚えつつここで目立って欲しい!と期待してしまうのはファンの贔屓目だろうか。
ことシングルマッチにおいて「大好物で大得意」と自称する彼だが、タッグマッチにおいてもそのプロレスセンスの高さは健在だ。
対戦相手、味方共に出番を譲りながらここぞ!という時にはリング中央に躍り出て大暴れ。
爽快だった。
そうこうしているうちに1人、また1人と脱落しリングに残るは正田壮史と石田凱士の2人となった。
その時の観客の歓声ときたら!
試合前に抱いていた期待を何倍もの興奮にして返してくれる。
彼の与えてくれる暖かい感情を抱えながら帰路につける、そんな幸せに浸るのであった。
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昨年12月に宣告されたカズ・ハヤシの現役引退。
3回目の団体旗揚げ記念興行のこの日、石田と井土は彼の引退試合の相手を務めることとなった。
団体屈指の“危険”な2人が何故この試合に。
その理由はこの試合がもつもう1つの顔、G-Infinityタイトルマッチにあった。
日頃ファンに見せる好々爺然とした様子はなりを潜めて“墓場“まで持っていくと宣言したカズ・CIMA組に血気盛んな2人は食らいついた。
途中、GLEATましてやジュニア級の象徴たるヒーロー2人を慕う所属選手全員にのる乱闘騒ぎとありつつ無限大の栄光を手にしたのは石田達だった
同年7月 場所は離れて神戸では石田のかつての主戦場であるDRAGONGATE にて真夏のビッグマッチが行われていた。
団体設立25年目にして通算6度目の夢の扉を開いたYAMATOの語った言葉は界隈を騒然とさせるには十分だった。
断っておくが、私はこの話題について「どちら派」という意見は無い。
石田凱士が「いたから」DRAGONGATEを楽しんでいるし、
石田凱士が「いるから」GLEATを楽しんでいる。
閑話休題
どちらもファンには決してわからない心情や事情があるのだろう。
そんな最中、渦中の人物の1人とも言える石田のこの投稿に注目は集まった。
その日から石田はSNS上にて意味深な予告を始めた。「thank you GLEAT」「今GLEATでやるべきことはやりきった」、どんな意味にも取れるその言葉の数々が日に日にファンの関心を集め、その視線は配信無しの8.21 後楽園大会に注がれた。
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8.21後楽園ホール大会での防衛戦は第2試合に挑戦者決定戦、その後勝ち上がったタッグがセミファイナルにてG-Infinity王座に挑戦が出来る、1Day形式だった。
吉岡世紀・進祐哉vsクリスリッジウェイ・田中稔
速さと技巧、繰り返される一手に第2試合にして観客のボルテージはマックスだ。
目の前の試合に溺れそうになり、息継ぎがてらバルコニーに目を移す。
石田がバルコニーからその様子を眺めていた。
暗がりで顔は見えなかったが物思いにふけっているように感じた。
迎えたタイトルマッチ。
鋭い蹴りや見ているだけで総毛立つ痛々しい関節技、まさに「手の合う」挑戦者タッグの激闘に
最大限のリスペクトを送った石田は自身の入場曲が鳴り響く最中マイクを強く握った。
彼の次の発言を待つようにシンと静まり返る後楽園
「今日を持ってGLEAT所属のレスラーになるぞ!」
待望の所属宣言だった。
「プロレスは生で見るに限る」と語る彼の意思を尊重して、ここでの詳細なマイクについては敢えて明言を避けよう。
しかしただ一言、「プロレスで夢を見せたい」
その言葉が嬉しかった。
今までもこれからも、変わらず彼の見せてくれるプロレスを、信念を追いかけ続けたいと感じたそんな1夜だった。