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韓国ドラマにみる「男たちの前髪」が表すもの

韓国ドラマ「ヴィンチェンツォ」と「ナビレラ」。

まったく違うタイプのドラマだけど、ある共通点がある。
それはドラマに登場する男たちが「前髪をおろした姿」で登場すること。

この二つのドラマでは、前髪の上げ下げによって登場人物のキャラクター・心境の変化が表現されているのだ。

(ここで言う「前髪おろし」とは、全くセットされていない状態の前髪。すなわち前髪がおでこを覆っている状態を指す。7:3分で7だけ前髪がおりているなど、セットが施されたものは、原則含まない)

この「前髪おろし」がとっても気になる私。
せっかくなので、韓国ドラマにおける「男たちの前髪」が表現するものについて考察してみたい。

1.「ヴィンチェンツォ」に見る前髪を下ろした男たちの変化について

そもそも「前髪おろし」のシーンの目的とは何か。

まずは①登場人物の別の一面を表現すること。
そしてそれは、②演じる俳優の別の魅力を視聴者に届けるというファンサービス的な目的につながる。

さて、ドラマ「ヴィンチェンツォ」の主人公、ヴィンチェンツォ・カサノはイタリアン・マフィアの顧問弁護士(コンシリエーレ )という役どころ。
その彼が「前髪おろし」を試みる最大の目的は、まさに上述2つの目的達成のためだと考えられるが、より②演じる俳優の別の魅力を視聴者に届けるの効果狙っていると感じられる。

高級なスーツに身を包み、常にビシッとキメているヴィンチェンツォが、前髪をおろすのは自宅で寛ぐとき。ラフな部屋着に洗いっぱなしの髪(前髪おろし)はヴィンチェンツォの魅力というよりはソン・ジュンギの魅力が前面に出るシーンだ。

ヴィンチェンツォとソン・ジュンギの魅力が重なり、視聴者は「もはやどちらに惹かれているのかわからなくなる現象」がおきる。
前髪をおろす彼がみせる「隙」は、それがヴィンチェンツォの「隙」であろうが、ソン・ジュンギの「隙」であろうがは大きな問題ではない。視聴者はヴィンチェンツォ、またはソン・ジュンギが見せる「無防備さ」にドキッとすると同時に、オンモード時とのギャップに萌えるのだ。


もう一つ、ヴィンチェンツォの前髪おろしシーンではずせないのは、エピソード8でみせた「前髪おろし」+ニット帽姿。シングァン銀行頭取ファン・ミンソンとの遊園地デートの時のスタイルだ。

ヴィンチェンツォはミンソンに手を握られようが、腕を組まれようが、そして頬にキスされようが、作戦遂行中のため拒否することもできず、されるがまま。

ここで表現されているのは、心ならずもミンソンの想いと行動を拒めないヴィンチェンツォ自身の葛藤が醸し出す可笑しみだ。と同時に、彼の「優しさ」の表現の象徴でもある。ここでもファンサービスの要素は大きいけれど、日頃はバシッと決めたコンシリエーレである彼の「コメディ要素の表現」と言う意味で①登場人物の別の一面を表現する目的寄りなのかもしれない。



そしてもう一人、このドラマには印象的な前髪おろし男が登場する。
それは物語終盤でぐっと存在感を増した、バベル、チャン兄弟の弟、チャン・ハンソだ。

その序長はエピソード16で表れる。
ハンソは、それまで無理して保っていた会長キャラをかなぐり捨て、ヴィンチェンツォとお近づきになるべく、80年代風の装いで弁護士事務所「藁」を訪ねる。

ここでのハンソ@前髪おろしは5:5分風の前髪下ろしで微妙ではあるけれど、ともあれ、この、前髪おろしでは「意外といい奴な俺」が表現されている。
それまで悪役側の人間として物語に登場していた彼が、少しづつカワイイ奴に変化していく過程としての前髪おろしなのだ。

その後ヴィンチェンツォに心酔していくハンソは、その想いに比例する形で自分の気持ちに正直に行動するようになる。その結果、物語終盤のほとんどの場面で前髪おろしで登場することになる。

個人的にはチャン・ハンソの前髪おろし姿が一番お気に入りで、むしろ前髪をおろしてから彼のことが好きになった。
そう言う意味ではハンソを演じた俳優クァク・ドンヨンの魅力が引き出されたとも言える。大好きな映画「野球少女」でみせた、クァク・ドンヨン演じる純真な野球少年の姿を彷彿させるからかも。



最後はチャン・ハンソク
物語前半、彼は弁護士事務所のお茶目な下っ端チャン・ジヌとして登場する。
ジヌとして登場するときはガッツリ前髪を下ろしているが、バベルの会長として世間に存在を示す際には、オデコをバリバリに出したスタイルが多い。

彼の場合、前髪をおろすことで「可愛い僕」を前面に出し、「悪の象徴」としてキメる時との差別化が図られている。ただし、彼の場合、悪の象徴となってからも度々カジュアルな服装with前髪おろしで登場するので、そういう意味で、前髪に依存しない使い分け上手な男ともいえる。実際、善の顔と悪の顔を使い分ける役どころなので、それはそれで納得。

個人的には、ジヌからハンソクになった彼の前髪おろし姿がお気に入り。
理由は単純にイイ男を鑑賞するモードに入ることができるから。
そういう意味では、彼の前髪おろしも②演じる俳優の別の魅力を視聴者に届けるの効果がしっかり視聴者に届いている。

ともあれ、彼の場合は前髪をあげること(ジヌ→ハンソク)で善の顔→悪の顔に変化するという、弟ハンソ(悪の顔→善の顔)とは逆パターン。

この真逆の展開によって、兄と弟の立場が逆転したことを表現しているわけで、それが前髪の上げ下げで表現されていることは、なかなか興味深い。


2. 「ナビレラ」で唯一前髪おろしをした意外な男

ドラマ「ナビレラ」は、23歳のバレエダンサー  イ・チェロクと、バレエへの憧れを捨てきれず70歳にしてバレエを習い始めるシム・ドクチュルの絆と成長の物語だ。

さて、このドラマで前髪おろしを披露するのは主役の二人ではない。
前髪をおろしによってキャラ変をするのはドクチュルの長男、ソンサンだ。

銀行員であるソンサンは責任感が強いまさに「長男キャラ」の人物。
兄弟の中で唯一経済的にも豊かで、いわゆるエリートでもある。

彼は娘が就職に失敗したことに苛立ち、弟が医者を突然辞めたことを憂い、そしてなにより父がバレエを習うことを一番反対するという役どころ。
悪い人ではないけれど、損な役回りを一身に背負っている。

そんなソンサンは常にカリカリしており、彼の前髪はエピソード11まではがっつり上がっている。

しかし、銀行で不祥事が起きた際、上司に梯子を外され退職に追い込まれてしまう。彼は、その一件で自分を精神的に支えた父ドクチュルに感謝すると同時に、その存在の大きさを再確認し、これまでの生き方を変える決意をする。

そして、ソンサンは前髪をおろした。

この前髪おろしが表すのは、ソンサンの「世間体に縛られることなく、自分の気持ちに正直に、無理せず生きることへの決意の表れ」だ。
それまで憎まれ役だった彼が前髪おろしによって、良き息子、良き夫、良き兄としてキャラを変えたことが表現されている。

で、ここで声を大にして言いたいのだが、この前髪おろしはかなり衝撃だった。

というのも、ここには ②演じる俳優の別の魅力を視聴者に届けるの要素がかけらもないからだ。

前髪をおろすことによって、キャラや立ち位置に変化したことを表すという点ではヴィンチェンツォのバベル兄弟と同じ。つまりは、①登場人物の別の一面を表現する目的のためで、納得感がある。しかしこの前髪おろしには、視聴者の萌えとかファンサービスのためという目的は感じられず、それに衝撃を受けたのだ。

誤解なきように言っておくと、ソンサンの前髪おろしが萌えポイントにならないということではなく、そもそもソンサンの役柄が「視聴者に萌えてもらうこと」を想定したものではないことは明らかで、そういう意味で、「え〜っ!この人も!?」となってしまったのだ。

この驚きは実際に「ナビレラ」を観て味わって欲しいと心より思う。


3.最後に

韓国ドラマにおいて「男の前髪」は重要な意味を持つ。

それは登場人物のオンとオフの使い分けにとどまらず、キャラクターや心境の変化、そして立場の変化の表現までと奥が深い。(①登場人物の別の一面を表現する)

また、髪型の変化によって視聴者を楽しませるというサービス要素を含む場合が多い。(②演じる俳優の別の魅力を視聴者に届ける)
(ナビレラのソンサンのようなケースもあるので絶対ではない)

ともあれ、韓国ドラマにおいて前髪おろしが出てきたら、それは前髪をおろした登場人物の転換点。同時に、物語の転換点である場合が多い。きっと私が気が付いていないだけで、他の韓国ドラマでもこの手法は使われているのだろう。

韓国ドラマにおいて「男の前髪の変化」が表すものは、俳優のルックスのバリエーションを楽しむにとどまらない、とてもとても重要な表現なのだ。






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