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『パーマネント野ばら』 心やさしい女たちの、逞しくも切ない物語
2010年製作/100分/日本
原作:西原理恵子
監督:吉田大八
出演:菅野美穂・江口洋介・夏木マリ・小池栄子・池脇千鶴 他
主人公なおこ(菅野美穂)は、バツイチ、子持ち。
お母ちゃん(夏木マリ)が経営する田舎町の美容院「パーマネント野ばら」を手伝いながら暮らしている。
「野ばら」は近隣の人々の社交の場だ。
世間話のみならず、恋の話や男の話(かなりエグい)をあけすけに語り、皆で笑あう。男で苦労しているくせに恋せずにいられない懲りない女たちが集う場所なのだ。
その中にはなおこの友人達もいる。
みっちゃん(小池栄子)はフィリピンパブのママ。夫には浮気され、ヒモ男にお金を吸い取られている。
ともちゃん(池脇千鶴)は恋人に暴力を振るわれている。
二人とも目も当てられないほどの男運の悪さだが、傷つきながらもたくましく生きている。
そんな愛すべき近隣の人々の悲喜こもごもに囲まれて暮らすなおこは、地元の高校教師であるカシマ(江口洋介)と、周囲に内緒でつきあっている。
彼との逢瀬は静かで暖かく、「野ばら」やその周辺で繰り広げられる女たちの大騒ぎとは別世界だ。
「野ばら」での日常があるからカシマとの逢瀬が美しく、カシマとの逢瀬があるから「野ばら」での日常を面白がれる。なおこにとってどちらも大切なものに違いない。
ある時、なおこがみっちゃんに尋ねる。
「あたし、気が狂ってる?」
実はこの言葉には深い意味が隠されているが、それは物語のラストまで明かされない。
ともあれ、みっちゃんが笑顔で答える。
「なおこが狂ってるなら、この街の女、皆、狂ってるようなもんだ」
そうなのだ。少しも狂っていない人間なんてたぶんいない。
狂気と孤独を抱えながらも、朝が来ればいつものように一日を始め、時に笑い、時に怒り、泣いて、夜が来れば眠りに就く。
そしてその「狂い」は、周囲の人々とふれあうことで癒され、決定的なものになることなく微妙なバランスを保っているのだ。
ところで、捉えどころがないのが、なおこの恋人カシマ。
どこまでも優しく、そして儚げ。
たとえば、なおことカシマが海辺で手をつないでいるシーンはとても美しい。
「彼の手は、きっと暖かいのだろうな」
と、映画を観ている我々に思わせるような優しい場面だ。
しかし、カシマの笑顔はどことなく寂しくげで、悲しい。
ある日、なおことカシマは温泉旅行に出かける。
カシマと二人きりの旅行に胸を弾ませるなおこ。だが、なおこが部屋で居眠りをしている間にカシマは旅館からいなくなってしまう。ショックを受けたなおこは公衆電話で泣き崩れながらカシマに電話をかける。そして心の叫び。
「なんでうちこんなに寂しいが? なんで寂しゅうて、寂しゅうて、たまらんが?」
物語のラストで明かされる真実は衝撃的だ。
なおこは、ともちゃんに今まで隠してきたカシマとの関係を告白する。
すると驚いたことに「その話はなんども聞いてるよ」と、ともちゃんは言う。
実はカシマはなおこが学生の頃に亡くなっていた。
なおこは今は存在しないカシマと幻想の中で逢瀬を重ねていたのだ。
なおこの「あたし、気が狂ってる?」という言葉も、そんな彼女を見守っていたみっちゃんにとってはただの問いかけではなかった。
カシマとの関係を告白されたともちゃんも、なおこを傷つけることなく「何度も聞いている」と優しく応えるしかなかった。
なおこは「野ばら」に集う愛すべき近隣の人々に、暖かく見守られながら生きているのだ。お母ちゃんをはじめ、なおこの周囲の人々は彼女を追い詰めることなく、彼女がこちら側の世界に戻ってくるのを何も言わずに待っている。
人は幻想なしでは立っていられない時もある。
それにすがっていたいと思う気持ちも理解できる。
一番辛いのは間違いなく本人なわけで。
でも、なおこには「野ばら」がある。
彼女を見守ってくれる人、待っていてくれる人がいることにとても救われる。
映画「パーマネント野ばら」はなんと言っても構成がすばらしい。
ラストまで観て「あぁ・・」という感じになる。
そして、亡くなった人に拠り所を求めるなおこの悲しみと、それを見守る人々の優しさに胸が締め付けられる。
その一方で、くるくるパーマ姿で全てを笑い飛ばして生きていくおばちゃんたちのたくましさに励まされたりもする。
心の深いところに入ってくる作品です。
(day6)
写真:天橋立