既婚のふり
雨…せっかく定期点検に出してもらって、ピカピカに磨いてもらったのに。デッパちゃんがぼくをきれいにすると、大抵雨が降るんだ。今度はいつ洗車してくれるかな。
ぼくがデッパちゃんのお供をするのは、主に通勤と買い物。そんなデッパちゃんが、習い事を始めた。毎週水曜日に仕事を切り上げて向かったのは、ちょっと遠いコミュニティセンターだった。駐車場が暗いし軽自動車ばかり停まってて、ぼくはあまり好きじゃなかったな。
初めは知らない者同士でも、毎週顔を合わせれば顔見知りができる。会話の中で一番こたえたのは、家族の話だった。デッパちゃんの年齢だと、誰もが「既婚」で「子持ち」だと勝手に思い込んで話しかけてくるんだ。「お子さんは何年生?」「ご主人は仕事何してるの?」など、当たり前のように話しかけてくる奥さん達。知らないふりもできない。
そんな時は「子どもはいないんです」と正直に答えるが、相手が気まずそうにする顔を見るのが何だか嫌で、ついつい「主人は…」と嘘をついてしまう。ここで「独身です」と正直に言ってしまうと、相手に変に同情される、あの空気感がたまらなく嫌な瞬間だったりする。それなら多少はごまかしがきく既婚者を装った方が、お互いに平和な関係を築ける。そしてデッパちゃんは、「子どもはいないが同業の夫をもつ学校のセンセイ」という偽物のキャラクターを演じることになる。それは自分を守るというより、周りに気を遣わせないための悲しい嘘なんだ。
嘘で固めた会話は苦痛だったけど、習い事はとても楽しかった。なんとか半年通って、次の中級講座へ申し込む時期を迎えたデッパちゃん。本当は続けたかったけど、親しくなった周りの人達にこれ以上嘘をついて付き合うことはできないと感じ、きっぱり辞めた。
デッパちゃんと同世代の女性は、子どもが高校生や大学生なんて人が多い。アラフィフのおひとり様は、世の中からは「かわいそうな人」って思われてるのだろうか。それとも、自分がそう思い込んでるのかな。デッパちゃんの心はチクチク痛む。
ぼくはデッパちゃんとお出かけすることが楽しみだけど、人付き合いに変に気を遣うデッパちゃんは、なかなか範囲を広げられないみたい。もったいないなぁ。
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