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【読書エッセイ】『あの子の考えることは変』を読んで考える“変”

今日の午前中は読書の日に設定。

読んだのは本谷由希子先生の『あの子の考えることは変』だ。
裏表紙のあらすじを記して、内容を紹介しておこう。

Gカップの「おっぱい」をアイデンティティとする23歳フリーター・巡谷めぐりや。アパートの同居人は「自分は臭い」と信じる23歳処女・日田につた。日田は外見に一切気を遣わぬ変人だが、巡谷は彼女だけが自分の理解者だとも感じている。情けなくどうしょうもなく孤独な毎日も、二人が一緒ならなんとかやっていけるかもしれない。

本谷由希子『あの子の考えることは変』あらすじより

私は家で過ごす時、音がないと落ち着かないどころか、映像が流れてないと落ち着かないタチ。
見る見ないに関わらず、テレビをずっと付けている。
電気代もったいないけど…。

それは読書する時も同じ。テレビつけておかないと落ち着かない。
しかしここで矛盾が生じる。テレビがついているとそっちに気を取られて本に集中出来なくなることがある。
矛盾を抱えて本を読む。

そして本を読みながら別な事を考えてしまうので、なかなか進まないのは毎度のこと。


女の子2人の友情、青春の話ではあるが巡谷も日田も変。

お互いに変だと思っている感情が爆発する。そんな心模様が面白い。
当初、自分の臭いが気になっている日田が変なのかなと思っていたら、巡谷は「横ちん」という本カノがいるセフレをどんどん太らせて、モンスター化し、あわよくば本カノと別れさせようとしている辺り、かなり変だ。

日田の性欲が抑えきれなくなり、突拍子もない妄想を始めたり、巡谷がセフレに対して独自の『復讐』を試みたり、2人の会話の掛け合いも思わず笑ってしまうシーンがあった。


普通だと思っていることが実は変で、

自分が普通だと思っていることも、他の誰かにとっては『変』かもしれないと改めて感じた。
巻末の稲葉真弓さんの解説にもこの作品には『変』ってなに?という問いかけが示されていると書かれている。

読み終えた後、自分の中に潜む『変』についても改めて考えさせられた一冊だった。
そう、テレビをつけながらじゃないと読書出来ない私もやっぱり変だということ。


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