栄養たっぷりポタージュ風エスニックスープ(ヴィーガン対応可)の作り方
エミールが風邪をひいたので、食べやすくて栄養たっぷりのスープを作ることにした。日本人の多くは風邪で食欲がなく、しかし体力をつけるためにも何か食べなくてはならない時、お粥でいい、と思うことだろう。とろとろに柔らかくなったお米がスープの中で溶け合って、スプーンですくって口に運ぶとほんのりと広がる玉子や梅干しの優しい香りを味わえるお粥でいい…というかお粥がいい…お米が食べたい…やっぱ米だよね!米!カム!米、come!!(※コメと読んでも可)と、米好きの熱い叫びは横に置いておいて、エミールからしたら何で体調の悪いときに米を食べなきゃいけないんだ!胃もたれで病状悪化するわ!!という感じだそうなので(フィンランド人はお米=重いというイメージがある。確かに昔から穀物を食べてきた日本人の腸は欧米人のそれよりも2、3倍長いので消化しやすい、と聞いたことがあるなぁと思い調べてみたけれど、この情報に信憑性はないらしい。参考:「日本人の腸が欧米人よりも長い」というデマはなぜ広まり、誰がトクをしたのか?)、スープならば食べやすいし栄養もとれるしいいだろう、と思い立った。しかし好き嫌いの多いエミール先生、たいていのスープが嫌いで、ポタージュっぽいものならまぁ好きなのもある、という偏食家さんなのだ。嫌いな野菜も多い。ベジタリアンなのにベジタブルを好まない。言葉が形骸化しておる…。
ということで、今回は、オーガニックの人参(皮ごと・こっちの方が身体にいいような気がして)、バターナッツスクワッシュ(かぼちゃでも可)、トマトピュレでポタージュ風エスニックスープを作ることに決めた。完全にオリジナルレシピです。なぜポタージュ「風」かと言えば、うちにはフードプロセッサーやミキサーなどの撹拌機がないため、すべて手動で細かくしていくのでどうやっても完璧にさらさらなポタージュにはならないからさ。
まず、人参を小さなすりおろし器ですりおろしながら、バターナッツスクワッシュを蒸らす。蒸らしたバターナッツスクワッシュはパスタを揚げるざるで漉していく。エミールの体調が良くなりますように〜〜〜と心を込めて手作業を続ける。
バターナッツスクワッシュ。
すりかけの人参。
撹拌機があれば10分くらいで完了したであろう作業を、腕、首、肩、腹筋、もはや脚まで使いながら行っていく。結構いいエクササイズである。これでフィットネスに役立てば一石五鳥くらいいける気がする。すったり漉したりしている間は精神と時の部屋にいるようなものなので、どれくらいその作業をしているか具体的な数値は分からない。でも、少なくとも漫画『スラムダンク』が後半になればなるほど1シーンを描写するページ数が多くなり、1試合を見届けるのに6話分以上読まなくてはならない【※1】、といった相対的な時間の流れ方に近いものがある。この時間の間に考えたり、感じたり、無意識状態を経験したりするのだが、その経験は、絶対的な時間の流れに身を置く以上計ることのできない特別な恩恵のような何かなのだ。これは瞑想と同じような効果があるかもしれない。ただし腕は確実に疲れていくし、「早くこの人参ぜんぶすりおろされないかな」などの俗世間的な願望はつねにそこにあるわけだが。
前回の『史上最高に簡単なフィンランドのブルーベリーパイの作り方』にも書いたように、森を歩いたり森でブルーベリーを摘んだりしている時に感じる空間と時間の流れ方は、ふだんとは少し違うもののような気がする。また、人参をすりおろす、栗の皮を剥く、薪を割る、クリームを泡立てる、などの作業も、わたしたちの精神をどこか遠いところへと導いてくれる。そこでは60秒は1分ではないし、10分は600秒ではない。精神は時間から解き放たれ、ふだんはなぜか蓋をして考えないようにしていた(自制していた)意識がふつふつと沸き上がり踊りだす。インスピレーションが空から降りてくるし、空と地の概念もひっくり返る。長時間の肉体作業によって生じる身体の疲れはなぜか忘却の彼方へと消え、負荷をまとうことのなくなった精神はまるで無重力状態の惑星に入り込んだ宇宙飛行士のように、ふわふわと無限の空間で自由に動きだし飛び回り、宙返りをする。そして、忘れていたあの人の笑顔や、子どものころに大切にしていたけれど、いつの間にかなくなってしまったドイツ土産の小さなアルミ缶に入った小さくなった鉛筆の最後のひとかけらのコレクションの存在をふと思い出したりするのだ。
板の合わせめごとに牡丹の花の模様のついた絵柄が貼られているコルク質の木でできた小箱の中にしまった珍しい銀の小匙を見つけた幼少時代の木漏れ日のような日々と伯母さんから受けた愛情を思い出す中勘助【※2】、または熱い紅茶とプティ・マドレーヌを浸して口にした瞬間に甦る幼少を過ごした夏のバカンス先の情景や人々について回想にふけるプルースト【※3】のように、眠っていた脳のいち部分がアクティブになるとともに、忘れていた記憶や懐かしい感情が静かに、でも強くわたしたちの中に呼び戻される。気づけば、今日あった嫌なできごとや、なぜだか分からないけれどなんとなく欲しかった物の存在などはどうでも良くなる。そんな気持ちの良い状態にいられるのは束の間で、そのうち意識が戻ってきてしまうのだが、ようやく足や手の疲れに気づきだす。あぁ、わたしは何かをしていたのだっけ…人参をすっていたのか…と、現実世界へと戻って行く。果たしてエリアーデ【※4】はこの均質恒常ではない時間を聖なる空間と呼ぶのだろうか。エリアーデによれば、聖なる空間とは聖なる力を帯びた意味深遠な空間とともに、聖ならざる一定の構造と一貫性を持たない形をなさない空間があり、この空間の中に生じた断絶をもって将来のあらゆる方向付けの基礎となる中心軸を生み出すような、方向性を持った空間ということだ。仮にこの場が聖なる空間、宗教的空間であると認められるならば、わたしは彼の学問でいうところの宗教的人間(homo religious)であるということになる。その場合わが手が握るこの人参が究極的実在=聖なるもの、となるのだろうか。まさかのファルス信仰【※5】?!いや、ちがうか。ひー、それにしても肩が疲れたー!
…というような思いをめぐらすうちに人参はすでに刻み込まれてその絶対的かと思われたシンボル的な形から全く違うものへと姿を変えていた。バターナッツスクワッシュもとっくに漉し終わっている。誰がやったんだろう。わたしか。そしてできるだけ小さく刻んだ玉ねぎを鍋に入れ、オリーブオイルで弱火〜中火でゆっくり炒めたら、わたしが聖なる空間にいた唯一の証拠ともなるすりおろされた人参と流動食状態になった(宇宙に行った精神が食べるべき形のそれである)バターナッツスクワッシュを入れ、少しだけ炒める。そこにトマトピュレ、ココナッツミルク、スープストックを入れてことこと煮込み、塩、砂糖、胡椒で味を整え、最後にライムの汁と皮をすって入れたら完成だ。サーブするときにカボチャの種(バターナッツスクワッシュはカボチャなので、ある意味親子スープ?!)とコリアンダー、パルメジャーノ・レッジャーノを上からすりおろすが、チーズの代用として豆乳をホイップして乗せたら完全ヴィーガン仕様になる。ライ麦パンを添えて、栄養たっぷりのポタージュ風エスニックスープのできあがり!
ベッドに持って行ったらエミールは一口食べてすぐ、感動の声をあげてくれて、そしてぺろっと食べてくれた。よかったよかった。そして今日ついに回復。よかったよかった。この1ヶ月でわたしも風邪をひいたしエミールは2回も体調を崩してしまったので、栄養をとって適度に運動をし、秋と冬を乗り越えたい。たまに精神を遠くに飛ばしてみるのも健康にいいかもしれない。そのあとには美味しいご飯も待っているのだから。
スープの材料
①人参:約2本
②バターナッツスクワッシュ(カボチャでも可):中サイズの約半分
③トマトピュレ:400〜500グラム
④玉ねぎ:1個
⑤スープストック:1個
⑥ライム:半個
⑦ココナッツミルク:350〜400cc
⑧カボチャの種:適宜
⑨コリアンダー:適宜
⑩パルミジャーノ・レジャーノ:適宜
⑪塩、胡椒、砂糖、オイーブオイル:適宜
※1:湘北と陵南の試合。残り2分の描写は2話分ある。しかし『巨人の星』の連載では投げたボールがキャッチャー・ミットに納まるまで2ヶ月かかったらしい。
※2:中勘助『銀の匙』。作者の幼少時代の思い出が美しく優しい文章で描かれている。
※3:マルセル・プルースト『失われた時を求めて』。20世紀を代表する小説の一つとされ、とにかく長い。少年期の回想の舞台となったコンブレーという町はシャルトルから少し行ったところにあるイリエ=コンブレーだとされる。2009年の夏の終わりにイリエ=コンブレーにあるプルーストの家(記念館)を訪れたが、すごく良かった。日陰が気持ちよくて、調度品が美しかった。そこでこの本の原書も買ったのだが(1巻)、3ページ読んで挫折した。というか、その頃は研究のための本を読むのに追われて趣味の本を読む時間が全く取れなかったのだ。いつかまた読める機会があればいいな。今はフランス語の本を読むくらいならフィンランド語かスウェーデン語の本を読みたい。
※4:ミルチャ・エリアーデはルーマニア出身の宗教学者・宗教史家、民俗学者、作家。
※5:ファルス(ファロス)古代ギリシャ紀元の、勃起した陰茎、あるいは陰茎のような形をしたオブジェを指す言葉。フロイト、ラカンによる精神分析学理論によって展開され、現代のジュディス・バトラーに至るまでフェミニズム理論で議論されてきたテーマのひとつ。
御参考にどうぞ:https://ja.wikipedia.org/wiki/ファルス_(性)
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【過去テキスト】
史上最高に簡単なフィンランドのブルーベリーパイの作り方:https://note.mu/minotonefinland/n/nd345244066b9
失うもの、手放すもの:https://note.mu/minotonefinland/n/nb7c459620200?magazine_key=mf53e59f9f07a
歳を取ることは結構イイこと:
https://note.mu/minotonefinland/n/n9af24cef38b0?magazine_key=mf53e59f9f07a
妄想フィンランド7日間の旅に皆さんをご招待:
https://note.mu/minotonefinland/n/n1dc2b5304706?magazine_key=mf53e59f9f07a
フィンランドのロヒケイット(サーモンスープ)とレンズ豆のスープの作り方:
https://note.mu/minotonefinland/n/n72df81a29c36?magazine_key=mf53e59f9f07a
せかい食べ物紀行―第二話、フィンランドとパイヴァン・ケイット(本日のスープ):
https://note.mu/minotonefinland/n/na05b7d010c15
シネマレビュー: Casse-tête chinois(邦題:ニューヨークの巴里夫):
https://note.mu/minotonefinland/n/n924cbf1aad4a?magazine_key=m86a5f3f1198a
シネマレビュー: Land Ho!
https://note.mu/minotonefinland/n/n1f7e8e240883
1年前の今日:
https://note.mu/minotonefinland/n/nc6c323670bea
せかい食べ物紀行―第一話、パリとアップルタルトとトマトと玉子の炒め物:
https://note.mu/minotonefinland/n/n72a918228e5c
フィンランド―若手起業家たちの生まれる地:
https://note.mu/minotonefinland/n/ncb081698cdf8
かつてmixiで友だちに書いてもらった紹介文を振り返ってみた:
https://note.mu/minotonefinland/n/n1f9ed7196e07
アールヌーボー、ジャポニズム、サイケデリック、女性:
https://note.mu/minotonefinland/n/n8e2725c2bdcf
時の宙づり:
https://note.mu/minotonefinland/n/n2a182b91e783
不思議惑星キン・ザ・ザ(Кин-дза-дза! Kin-dza-dza!):
https://note.mu/minotonefinland/n/n3d2e049be0ff
日本からのサプライズの贈り物:
https://note.mu/minotonefinland/n/n1f33b547e2f4
フランスについて、2014年夏に思うこと:
https://note.mu/minotonefinland/n/n5bbe675bd806
エミールの故郷への旅(前編):
https://note.mu/minotonefinland/n/n8d7f3bc8d61d
エミールの故郷への旅(後編):
https://note.mu/minotonefinland/n/n6ccb485254c2
水とフィンランド:
https://note.mu/minotonefinland/n/n82f0e024aaab
ヘルシンキグルメ事情~アジア料理編~:
https://note.mu/minotonefinland/n/nb1e44b47da30
わたしがフィンランドに来た理由:
https://note.mu/minotonefinland/n/nf9cd82162c26
ベジタリアン生活inフィンランド①:
https://note.mu/minotonefinland/n/n9e7f84cdc7d0
Vappuサバイバル記・前編
https://note.mu/minotonefinland/n/n2dd4a87d414a
サマーコテージでお皿を洗うという行為:https://note.mu/minotonefinland/n/n01d215a61928