災害とジェンダー
『「ボランティアなんだから体を提供しろ」と女性ボランティアを襲った被災者に実刑―震災と犯罪』 というまとめ記事を目にした。
加害者の男性(38)は東日本大震災のボランティアをしていた女性(39)に対し、気仙沼市内の避難所に滞在していた女性の寝室に行き、女性が寝ていたところを頭を殴り、カッターナイフのようなもので切りつけ「ボランティアなんだから体を提供しろ」と言い性暴行をはたらこうとし、強姦(ごうかん)致傷罪に問われ懲役3年6月(求刑・懲役6年)の実刑判決が出た事件である。
また、宮城県石巻市の石巻赤十字病院の敷地内で、被災地のボランティア活動に来ていた金沢市の女性(26)が、石巻市の男(47)にきりで刺された事件も起こっている。
また、先週末から今週にかけてインターネット上では「生理用品が『不謹慎だ』として避難所で配布されなかった」という噂がきっかけに災害の際の生理用品の必要性をめぐる議論や、それを皮切りに災害経験のジェンダー格差についての議論が生まれた。
「災害」とわたしたちが言うとき、わたしたちはその災害の被害の程度に個人差があることは想定できる。しかし、その差には日常時の社会的な格差が顕著に現れるということを意識することはとても大事なことである。
ジェンダーを専門家の池田恵子先生の『災害リスク削減のジェンダー主流化』という講義を聞いたことがある。
男女の被災や復興の経験は異なり、女性の犠牲者は男性より多い傾向があるという。女性の社会経済的地位が高い国ほど災害の犠牲者数の男女差は小さいという研究報告も出ている。女性は一方的な被害者でなく、災害復興や防災でも役割を担っている。ただし、公的な防災組織や緊急救援の組織の中心には男性がおかれ、災害時のリスク回避や復興に関する女性の立場からのニーズが反映されていないことが指摘されている。
災害とジェンダー研究の土台となる理論の一つに脆弱性論というものがある。これは、地震や洪水、高潮や干ばつなどのハザードが起こるからdisaster(惨事)となるのではなく、元々の社会に危険な状態に置かれた弱い立場の個人や集団がいるからこそ、 災害となるという考えが根本にある。
この考えは、70年代に行われた途上国地域における人類学・地理学的研究の際に先進国と途上国では災害の規模に対して被害の大きさや復興の進度に異なりがある事実が発見されたことで気づきが生まれ、「災害に問題があるのではなく被害を拡大させる社会・経済・文化的な構造が背景にあるのではないか」という考えから発展したものである。
その後、社会・経済・文化的な構造的要素の中に階級、エスニシティが、そしてジェンダー、年齢、障がい、市民権、セクシュアリティなどが取り入れる様になっていった。簡単に言えば、普段から周辺化されて発言権がない人は社会的緊急事態が起こるとより危険な状態に置かれてしまうということである。
土台となる研究はこの他に、飢餓研究やフェミニスト・ポリティカル・エコロジー論、開発とジェンダー論などが挙げられる。特にアマルティア・センなどによる飢餓研究(ポリティカル・エコノミー論)によれば、災害に対応する家族の変化として、消費の調整や財産の売却などが挙げられるが、これらの内容はジェンダーにより異なる。
消費の調整というのはつまり、災害が起こると男性より女性が圧倒的に食べる量などを減らされる傾向があり、それは老女になると尚更であるというような現象に代表される。また、財産の売却についても女性の宝石などから売っていき、男性の持ち物である牛などは最後まで売らない、といったように、ジェンダーにより災害対応の資源が異なる。
このような視点を踏まえて災害を見ると、たとえば男性と女性での被災・復興経験の違いや格差も明確に明らかにすることができる。1981年から2002年までに、のべ141カ国で発生した4,605件の災害をマクロな国別人口動態統計に依拠して分析したエリック・ノイマイヤーの研究によれば、災害時における女性の被害者の数は男性の犠牲者の数より遥かに大きい。たとえばインド洋の大津波では死亡者の77%が女性であった。
また、災害が起こると女性や子どもの人権が守られにくくなることも明らかになっている。災害後の性暴力はほとんどの災害で起こっており、DVの電話相談や孤児の人身売買、早婚圧力なども顕著になる。日本では東日本大震災後、女性のみ進学率が減少しており、これも一つの例と見ていいといえる。
そして、性別役割や責任からの視点も重要である。91年のバングラデシュの高潮災害では成人女性の死亡率は成人男性の4倍から5倍であった。これは女性のリスク認知能力が低いわけでも、運動生理学的に女性が劣っているわけでもなく、ケアギバーとしての社会的役割が避難やリスク認知に影響を及ぼすためである(つまり、性別役割分業意識の強い地域において、育児や介護を任されがちな女性は自分の身を真っ先に考えずに逃げ遅れることが多い)。
また、被災後は女性は先に解雇され、職場復帰は男性の後にされるが、全体の女性の労働時間は増加する。男性が他地域に出稼ぎに行く間、調理や飲料水・燃料 の確保、子どもや老人の世話、コミュニティでかつて男性の仕事とされた役割分担(土嚢を積み上げるなど)も女性が全て負担するからである。
もちろんこの研究にも課題はいまだにたくさんある。階層や人種、エスニシティと交差する災害とジェンダー研究が少ないことや、男性や男性性の研究、またセクシュアリティやセクシュアルマイノリティも視野に入れた領域があまり研究されてないことである。何より、日本の事例が極端に少ないことは、大変恥ずべきことであると池田先生は仰っていた。
日本でも大災害が起こると性暴力事件は必ず増加する。しかし日本では「被災地に失礼」「頑張ってる」という言説のもと、相談件数などの数としての証拠はあるものの社会学的調査ができない状態にあるどころか、話題にすらできない状態にある。やはり日本は紛れもなくジェンダー後進国だと認めざるを得ない。
熊本県と大分県で今月14日の夜から19日午後9時までに発生した地震では、震度7が1回、震度6強が3回、震度6弱が3回、震度5強が3回、震度5弱が7回、震度4が72回と、震度4以上を観測した地震は合わせて89回に達し、震度1以上の地震は639回に上っている(引用:NHK NEWS)。気象庁は引き続き揺れが起こる可能性があるとして警戒を呼びかけている。多くの人々が義援金を募金し、支援物資を送り、被害者の方々の無事と祈っている。わたしの心も、熊本と大分をはじめとした、九州の方々と共にある。災害などの非常事態時には、女性や子ども、障がい者や高齢者、移民や社会的弱者ねど最も弱い人々により負荷がかかりやすいことは知られている。これ以上の被害が起こらないよう願いつつ、被害を拡大させる社会構造の改善を、社会を構成するわたしたち一人一人が考えていきたい。
参考:池田恵子 災害リスク削減のジェンダー主流化 : バングラデシュの事例から