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トランスジェンダーと人権

Last Week Tonight with John Oliver(邦題:ジョン・オリヴァーのラストウィーク・トゥナイト)というアメリカの人気風刺番組をご存知だろうか。

アメリカ、カナダのHBO及びイギリスのスカイアトランティックで2014年から毎週放映されている、イギリス出身のジョン・オリヴァーがホストを務める30分の番組で、政治ニュースや社会的問題などのトピックについて ビデオやビジュアル・イメージを使ってジョン・オリヴァーが解説したり風刺したりジョークを飛ばしたりする番組だ。あっという間に世界中で話題となり、昨年は様々な賞も受賞している。扱うテーマは国家による監視プログラムとネットガヴァナンス、移民問題、児童労働、イランの核開発計画、アメリカの性教育、アルメニア人虐殺など多岐にわたり、スピーディーかつ秀逸に編集されたビジュアルを使った展開とちょこちょこ入るオリヴァーのジョークによってわかりやすく面白く進められていくので、30分間ずっと引き込まれてしまう。視聴し終わったあとはスッキリしたり問題の不条理さに憤りを覚えたりと、とっても勉強になる。人気なのもわかる。Wikipediaではフランス、フィンランド、スペイン、ヘブライ語などの項目はあったのだが日本語はなかったので、ぜひ日本でももっと紹介してもらいたいところである。

以前日本のゆるキャラについても取り扱ったことがあり、その時の動画がここに字幕入りであがっている。番組の感覚は掴めると思う。(毎回こんなに派手に終わるわけではない)

まだ全エピソード観ていないし(観るつもりではある!)、全てを字幕化できないのが無念なのだが、今回は『トランスジェンダーの権利』という回について取り上げられていたこと、語られていたことについて紹介したいと思う。(動画を観たい方はこちらへ)

▽2015年、雑誌『ヴァニティ・フェア』の7月号の表紙をケイトリン・ジェンナー(元オリンピック金メダリストで女優キム・カーダシアンの義父ブルース・ジェンナー)が飾ったこと

▽トランスジェンダーであることを告白した年老いた父親と家族をめぐるTVドラマ『トランスペアレント』がゴールデングローブ賞のテレビ・コメディー部門で最優秀作品賞と最優秀主演男優賞を受賞したこと

▽ドラマ『オレンジ・イズ・ニュー・ブラック』で起用されたことでも有名なトランスジェンダーのリアリティTVスターで女優のLaverne Coxの蝋人形がマダム・タッソー蝋人形館のサンフランシスコ分館に初のオープンリー・トランスジェンダーの有名人として加えらえたこと

という最近のニュースを受け、ジョン・オリヴァーは素晴らしい一歩だ、と讃えると同時に、問題提起する。
わたしたちのトランスジェンダーについての理解はどれくらい深いものなのか?最近のメディアはトランスジェンダーについてこぞって取り上げてはいるが、それと同時に、まだまだ間違いを犯しているのではないか?

ここでいくつかのトークショーのクリップが紹介され、番組のホストが頓珍漢な(ポリティカリー・インコレクトな)質問を次々とトランスジェンダーのゲストに投げかけるシーンが映し出される。

司会者「でも…プライベートな部分は、(見た目とは)違うんでしょ?」
トランスジェンダーのゲスト「そんなこと話したくないですよ。だってこれは私の個人的領域だから」

司会者「変な気持ちにならない?間違ってる性器を持っているということは。女性用トイレでは立って(用を足して)いるの?」

司会者「もしあなたが裸になったら、私は女性の身体を…見ることになるのよね、ね?」

ジョン・オリヴァーが斬りにかかる。

「トランスジェンダーの人だからという理由で彼/彼女の性器について躊躇なく質問することが許されるとでも思ってるのか!」

そして、 メディアの人々の無理解さを示すため、たった2週間前に放映されたアリゾナの天気コーナーの男性の言動が紹介される。

クリップ

天気予報コーナーの男性「ちょっとさっきの、トランスジェンダーの女性がバーから追い出されたというニュースに戻りたいんだけど、…トランスジェンダーの女性って何?どういう意味?」
他のキャスト「…?! え…。聞いたことないの?彼女はかつて男性だったけど、今は女性ということだよ」

天気予報コーナーの男性「…?!…?!今は女性…?もう…そういうのにはついていけないよ!!」

たった2週間前に放映された番組での、2015年に生きる人の発言だ。またもやジョンが斬る。

「おったまげた!彼が天気レポートも同じようにやってくれたらいいね。”え…かつては雨だったけど、今は晴れ?!今は…ただの晴れ…?!ちょ…もうボク、そういうのにはついていけないよ!!”」

百歩譲って、彼はもしかしたら今はじめてトランスジェンダーという言葉について知り、必死に理解しようとしているかもしれない、ということで、ここでジョンはトランスジェンダーについての基本的な知識について説明する。

「トランスジェンダーとは、生まれた時に決定された性別とは異なる性自認を持つ人々のことである。また性自認(ジェンダー・アイデンティティ)は、性志向(セクシュアル・オリエンテーション)とは異なるもので、性自認は自分が何者かを問うものというのに対して、性指向とは自分が(性的に)誰が好きか、を問うものである。トランスジェンダーの人々の中には、性転換をする過程でホルモンセラピーや性別適合手術を受ける人もいるし、それをしない人もいる。興味深いことに、その決定がどのように行われうるか医学的には…私たちがとやかく言うことでは全くないということだ!!(観客からの歓声)(ギャグ投入)まだ分からない人は、彼/彼女たちをどう呼べばいいか戸惑っている人はこう考えよう。彼/彼らが呼ばれたいように呼ぶべきだと。」

私たちがこれをきちんと理解することは極めて重要なことだ、とジョンは続ける。例えばある統計によれば、アメリカ合衆国にはトランスジェンダーの成人が70万人いるとされる。これはボストンの人口以上の数だ。私たちはボストン出身の人に会うような感覚で、トランスジェンダーの人に会う確率があるといえる。しかし、注目され賞賛されるトランスジェンダーの人々はほんの一握りで、全体的には多くの地域でトランスジェンダーの人々は不当に扱われている。例えば、彼ら/彼女たちのうち、自殺を試みた人は41%にものぼる。トランスジェンダーの人々の家計収入はトランスジェンダーではない人々に比べて圧倒的に少なく、年収は1万ドル以上の差がある。幼稚園から高校までの学校教育の中で、トランスジェンダー、またはジェンダー・ノン・コンフォーミティー(従来の性自認の枠組みの中で自らの性を決定していない)の子どもたちのうち、78%がハラスメントを、35パーセントが肉体的暴力を、12%が性的暴力を受けている(報告があったもののみ)。

トランスジェンダーであるということだけで、官公庁などでの手続きのやり取りの一つ一つが屈辱的で困難になることも多い。運転免許証取得のためウェストヴァージニアの陸運局に出向いた2人のトランスジェンダーの女性は、写真撮影の前にジュエリー、ウィッグ、メイクなどを取り外すように命じられた。まるで彼女たちが、本来は男性である(と、当局は思い込んでいる)ことを隠しているかのように扱ったのだ。ジョンは憤る。運転免許証の写真は、私たちの普段の姿をそのまま写したものを提示することが目的ではなかったか?だから陸運局の職員は、写真を撮る時に笑わないように言ってくるのだ。だって彼らはこの世には幸福を感じている人が存在しているとは露にも思ってないのだから(皮肉ジョーク、観衆の歓声)!

仮に組織が現状の改善を始めても、変革には非常に時間がかかっている。例えば軍事。アメリカ合衆国国防長官とオバマ大統領はトランスジェンダーの人々も入隊ができるようにすると意向を表明したにも関わらず、リストにはいまだに「性転換などの生殖器の欠陥(...defects of the genitalia including...change of sex)」「トランスジェンダーやトランスヴェスタイト(異性装)に限らず、それを含む性心理の状態(...psychosexual conditions...including but not limited to transsexualism...{and} transvestism...)」などトランスジェンダーの入隊を事実上禁じる項目が設けられている。

しかし、このような制限があるにもかかわらずアメリカの国防、軍事に従事するトランスジェンダーの人々は約15,500人にものぼるという報告もある。その中には軍人としてアフガニスタンに赴き、「ここは自分が自分でいられる場所だ」と言うトランスジェンダーの男性もいるが(ジョンは、いやいや、アフガニスタンでは自分らしくいられる、ってアフガニスタンこそ誰も自分らしくいられない場所では…これは観光のスローガンにしてもいいくらいだ、と皮肉る)、陸軍州兵のキャプテン・ジェイコブ・エリアゼールは、トランスジェンダーであるということだけで解雇され、軍は代わりにメダルを授与した。

このように、トランスジェンダーについて正しく聞こえるような言説はなんとなくあっても、実用的な面がまだ追いついていないという現状が多々ある。例えばトイレ。アリゾナでは「あなたのIDを提示しなさい」法案が可決され、出生カードの性別と使用するトイレの性別がマッチしていなければならないという新たなルールのため、「軽犯罪」が発生するようになり、「ただ排泄のためにトイレに行っただけで、6ヶ月の懲役、2500ドルの罰金という刑を受けることになった」トランスジェンダーの女性もいる。現在、トランスジェンダーとトイレについて13の法案が協議されているが、反対者の言い分は非常に侮辱的なものである。マイク・ハッカビーは大統領選出馬の演説で、「7歳の女の子がレストランで女性用トイレに行くのは問題ないけど、42歳の自分のことを男性より女性だと認識する男が行ったら訴えられるのは当たり前だ。もしこの法案が私が高校生の時に協議されていたら、私は体育のクラスのあとに、『今日は女性的な気分なので女の子たちと一緒に女の子の更衣室でシャワー浴びまーす!』って言っただろう。馬鹿げているだろう?こんな危険な社会的実験に幼い子どもを巻き込むべきではない」とスピーチしている(思春期の時に抱いていた性犯罪の欲望の白昼夢について語るお前に我らを巻き込むな!とジョン。そしてまたもや歓声)。

しかしこのような馬鹿げた反対意見はごく一部のものというわけではない。ブロワード郡委員会は12日、トランスジェンダー市民に対する住居、雇用、ホテルやレストラン等を含む公的施設での差別を禁止する条例改正案を可決したが、その際に作られた反対ビデオも取り組みの目的を婉曲、飛躍した馬鹿げたものだった(幼い女の子が女性用トイレに入ったあと、帽子をかぶった不審な男が挙動不審に同じトイレに入るシーンが現れ、「あなたの郡委員会はこれを合法にするのですよ」というメッセージが最後に出る)。

どの性器を持って生まれてきたかで使用が許されるトイレを定められるより、各々の性自認(ジェンダー・アイデンティティ)によって使用するトイレを決める方が理に適っているのではないか、とジョンは言い、トイレのドアにあるあの普遍的なサインを見ても、女性と男性の「ジェンダー」としてのシルエットであり、男性器や女性器のシルエットではないか、と続ける(大歓声)。

トランスジェンダーの人々の権利を守るために公的な法律や条例が制定されることは重要なことである。ケンタッキーで協議されていたトイレ法案(アリゾナと同様、トランスジェンダーの人々に対して性自認に基づくトイレ使用を認めない法案)について、2015年2月に反対意見を陳述した高校生のヘンリーは、「長らく男性として生き、家族や友達からは男性として受け入れられてきたが、学校が私が持つジェンダー・アイデンティティを認めないために、女性用トイレを使うことを強いられてきた。学校の生徒たちからはいじめに遭ったが、その時彼らが言ったことは『法律で認められていないんだから、私たちも認めない』というものだった」と辛い経験を語った。ジョンは言う。「これこそが私の言いたいことだ。公的なルールが差別的である限り、全ての偏見は正当化されしてしまうのだ。それに、ただでさえ中高生はお互いを罵るためならどんなことでもネタにしてしまう」

ヘンリーの証言のあと、ケンタッキー州の委員たちは口を揃えて「よく証言した。勉強になった」「勇気を持って来てくれてありがとう、愛してる」などど言うのだが、この政治家たちはその後、全員可決へと票を投じたのだ。ヘンリーがいじめられたあの女性用トイレを、ヘンリーがこれからも使い続けなくてはいけなくなるような法律を、進めようとしたのだ。幸いにもこの法案は可決されなかったが、この図こそがジョンの問題提起へとつながる。「トランスジェンダーについてもてはやしたり、『勇気』を讃えたりはしても、実際的なサポートは何ひとつしない、この現状に私たちは心地よささえ覚えている。私たちは日々、トランスジェンダーのセレブにチヤホヤするのと同時に、免許証の写真撮影でメイクやウィッグをとることを強要して侮辱したり、解雇したり、執拗に性器についての質問を投げかけたりしている。これは人権問題であり、もしトランスジェンダーの権利を彼ら/彼女たちのために支持したくないのなら、自分のために支持すべきだ。なぜなら、私たちはこのような差別問題について何度も直面し、そしてこの問題がどのように解決されるかを知っているのだから。もし仮にあなたが人権について反対意見を表明し、誰かが何かをする権利を否定しようとするのなら、歴史はあなたにかなり厳しく立ちはだかることになる。ホロコーストの犠牲者となったユダヤ人をボコボコにする『シンドラーのフィスト(フィスト=拳。シンドラーのリストにかけて)』なんて映画が存在することはありえないし、公民権運動に反対し人種隔離を訴えた人種差別主義者の政治家ジョージ・ウォレスの切手が発売されることもありえないし、差別主義を訴え続けるあなたを賞して将来誰かが「この人が、市民が用を足す場所についてつべこべ言った人です」なんていう銅像を作ることも絶対にないのだから。」

番組を翻訳するのは難しかったが、この面白さが少しでも伝わったなら嬉しい。また機会があればこの番組のエピソードをここで紹介したいと思う。数あるエピソードの中でこのテーマを選んだのは、言うまでもなくわたし自身、ジェンダー研究専攻でこのような性別や性指向、国籍、エスニシティ、年齢、身体、地域などにかかわる差別、偏見についての研究をしていたからである。

日本にもこのような番組はあるだろうか?あればぜひ教えて頂きたい。なければとても残念に思う。

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【過去テキスト】

栄養たっぷりポタージュ風エスニックスープ(ヴィーガン対応可)の作り方:

https://note.mu/minotonefinland/n/nf808c3e1ae1d

史上最高に簡単なフィンランドのブルーベリーパイの作り方:https://note.mu/minotonefinland/n/nd345244066b9

失うもの、手放すもの:https://note.mu/minotonefinland/n/nb7c459620200?magazine_key=mf53e59f9f07a

歳を取ることは結構イイこと:
https://note.mu/minotonefinland/n/n9af24cef38b0?magazine_key=mf53e59f9f07a

妄想フィンランド7日間の旅に皆さんをご招待:
https://note.mu/minotonefinland/n/n1dc2b5304706?magazine_key=mf53e59f9f07a

フィンランドのロヒケイット(サーモンスープ)とレンズ豆のスープの作り方:
https://note.mu/minotonefinland/n/n72df81a29c36?magazine_key=mf53e59f9f07a

せかい食べ物紀行―第二話、フィンランドとパイヴァン・ケイット(本日のスープ):
https://note.mu/minotonefinland/n/na05b7d010c15

シネマレビュー: Casse-tête chinois(邦題:ニューヨークの巴里夫):
https://note.mu/minotonefinland/n/n924cbf1aad4a?magazine_key=m86a5f3f1198a

シネマレビュー: Land Ho!
https://note.mu/minotonefinland/n/n1f7e8e240883

1年前の今日:
https://note.mu/minotonefinland/n/nc6c323670bea

せかい食べ物紀行―第一話、パリとアップルタルトとトマトと玉子の炒め物:
https://note.mu/minotonefinland/n/n72a918228e5c

フィンランド―若手起業家たちの生まれる地:
https://note.mu/minotonefinland/n/ncb081698cdf8

かつてmixiで友だちに書いてもらった紹介文を振り返ってみた:
https://note.mu/minotonefinland/n/n1f9ed7196e07

アールヌーボー、ジャポニズム、サイケデリック、女性:
https://note.mu/minotonefinland/n/n8e2725c2bdcf

時の宙づり:
https://note.mu/minotonefinland/n/n2a182b91e783

不思議惑星キン・ザ・ザ(Кин-дза-дза! Kin-dza-dza!):
https://note.mu/minotonefinland/n/n3d2e049be0ff

日本からのサプライズの贈り物:
https://note.mu/minotonefinland/n/n1f33b547e2f4

フランスについて、2014年夏に思うこと:
https://note.mu/minotonefinland/n/n5bbe675bd806

エミールの故郷への旅(前編):
https://note.mu/minotonefinland/n/n8d7f3bc8d61d

エミールの故郷への旅(後編):
https://note.mu/minotonefinland/n/n6ccb485254c2

水とフィンランド:
https://note.mu/minotonefinland/n/n82f0e024aaab

ヘルシンキグルメ事情~アジア料理編~:
https://note.mu/minotonefinland/n/nb1e44b47da30

わたしがフィンランドに来た理由:
https://note.mu/minotonefinland/n/nf9cd82162c26

ベジタリアン生活inフィンランド①:
https://note.mu/minotonefinland/n/n9e7f84cdc7d0

Vappuサバイバル記・前編
https://note.mu/minotonefinland/n/n2dd4a87d414a

サマーコテージでお皿を洗うという行為:https://note.mu/minotonefinland/n/n01d215a61928

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