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「突然現れた客、ムーニン」

金曜日の夜、葛飾区鎌倉に佇む居酒屋「みの太家」には、いつもどおり賑やかな笑い声が響いていた。
店主のみのるさんは、カウンター越しにビールを注ぎ、はるとくんは注文を取ってテーブルを行ったり来たりしている。
そんな中、ふいに入口の暖簾がかき分けられ、一人の男が姿を現した。

「いらっしゃいませ!」はるとくんが明るく声をかけると、男は少し照れくさそうに「ど、どうも…なんだムー」とつぶやいた。
その男、ムーニンは初来店の客だ。
44歳の独身で、平日は葛飾の柴又で暮らし、週末には栃木の実家に帰って米作りをしているという変わり者。
着ている作業着には、泥汚れがついていて、田んぼの香りが漂うようだった。

みのるさんはカウンターの端から顔を上げ、「初めてのお客さんかい?」と親しげに話しかける。
ムーニンはゆっくりとうなずき、「ずっと気になってたんだムー。今日は、ようやく入ってみたんだムー」と言った。
その言葉の最後に「なんだムー」をつけるのが、どうやら彼の癖らしい。

ムーニンがカウンターに腰を下ろすと、みのるさんが笑顔で焼き鳥の盛り合わせを出してくれた。
「まあまあ、まずは一杯どうだい?ここの名物の焼き鳥だよ」

ムーニンは驚いた顔をしながらも、ビールを一口。
「おお、これはうまいムー!焼き鳥も香ばしいムー!」
と、つい嬉しさのあまり声が大きくなる。
普段は少し控えめな性格のムーニンだが、どうやらこの味と雰囲気にすっかり心を奪われたようだ。

隣で見ていた常連のサブローが、「あんた、週末は米作りをやってるって聞いたけど、本当かい?」と話しかける。
ムーニンは誇らしげにうなずき、「そうなんだムー。土曜日は田んぼに出て、自分で米を育ててるんだムー。都会もいいが、やっぱり土の匂いを嗅ぐと落ち着くムー!」
と、目を細めて遠くの田んぼを思い浮かべているようだった。

みのるさんも興味深そうに、
「米作りをしてる人はなかなかいないからな。ここのお客さんには珍しい話だ」
と相槌を打つ。
はるとくんも、「田んぼって、手入れが大変なんでしょ?」と聞くと、ムーニンは「そうなんだムー。
だけど、収穫できたときの嬉しさは格別なんだムー」と、話しながら焼き鳥をパクッと口に運んだ。

しばらくの間、ムーニンの米作りの話が続いた。
「水の管理が大事でな、適度に水をやらんと稲が育たんムー」
「雑草取りも大変なんだムー」
と、なかなかのこだわりを見せ、店内の他の客たちも「なるほど」と頷きながら聞き入っていた。

やがてムーニンは、飲み物をおかわりしながら、
「ここはまるで、もう一つの我が家みたいで居心地がいいムー」
とぽつりと漏らした。
みのるさんはニヤリと笑い、
「じゃあ、これからも柴又にいる日は寄ってくれよ。みの太家はいつでも待ってるぜ」
と一言。

ムーニンは照れくさそうに頷き、
「ああ、ありがとうムー。また来るムー」
と小さく手を振りながら店を後にした。

その日から、ムーニンは「みの太家」の常連客として、時折ふらりとやってきては米作りの話を披露し、店を温かくする存在となっていった。

葛飾区鎌倉-もうひとつの我が家-
居酒屋・ご飯処 みの太家
https://minotaya.jimdofree.com/

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