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建築批評:大阪湾を望む家 / 木の塊を掘り進める住宅

2024年6月某日、IIDA SPACE DESIGNの飯田さん設計の住宅「大阪湾を望む家」(兵庫)にお邪魔させていただきました。

木造2階建、
幅、奥行約8m強、高さ約7mの小ぶりな建物ですが、
2階のリビング/ダイニングでは最大4.1mの天井高さと、南向きの大開口から大阪湾や淡路島まで見渡せる眺望により、外観からは想像ができない開放感がありました。

遠くまで見晴らせる2Fリビング(提供:飯田氏)
2Fと対照的に、コンパクトで高密度な1F(提供:飯田氏)

1. 密度の濃淡のある住み方

内部では様々な木材が使われていました。
構造に使われている杉の角材を始め、床のオーク、リビングの建具のヒノキ、壁面や家具で使われているラワンやシナの面材など、筆者が認識するだけでもなかなか豊富な種類の木材が使われており、漆喰壁を除けばほとんどの壁・天井が木材で構成されています。

そのためこの住宅では常に木材の存在を感じるわけですが、
場所ごとでその木材の密度に抑揚があるのが特徴で、
寝室や書斎などがある1階は、天井高さがギリギリに抑えられていることや、柱や壁の量もあって高密度な木材の空間になっています。
同じくランドリーや浴室、トイレやピアノ室など、2階の東西北にある諸室も木材と木材の間にスッと、小さな空間が挿入されているようでした。

様々な木が混在する、木の塊(提供:飯田氏)
木の塊に横穴を掘るように埋め込まれたピアノ室など(撮影:西倉)

他方、2階のリビング/ダイニングは上記の通り天井高さも大きく柱もなく、南側の大開口のほか北側に向けても抜けが確保されており、ポッカリと、大きな空間が空いています。

下から木の塊が立ち上がり、屋根と塊の間に風景が通り過ぎる(提供:飯田氏)

木の塊の中にある個室群と、木の塊の上・スキマにあるリビング・ダイニングとキッチン。

住まい手であるお施主さんにお話を伺ったところ、生活の中心であるリビング/ダイニング+キッチンで多くの時間を過ごし、必要に応じて各個室を利用するとのことでしたが、
木の塊としてこの建築物を見立てるなら、
普段は木の塊の上で過ごし、時々木の塊を堀り進み、木の穴蔵の中で過ごす、と表現することもできるかもしれません。

2.土を掘る、木を掘る

元々この敷地は古い石垣で作られた基壇になっており、住宅前に駐車場を作る都合もあり、その基壇を堀り崩した経緯があるそうです。
その名残は駐車場に配置されている石(石垣で使われていたもの)から、今でも確認できますが、
もしかしたらこの土地には石垣と大きな木の塊が元々存在し、それを掘り進んだ結果、この住宅が出来上がったのかもしれません。

断面図、土と木の塊を掘り進んでリビングをつくる(提供:飯田氏)

土を掘り起り、駐車場を作り、
木の塊をグイグイと掘り進めていくと、南側の、一番日当たりと見晴らしの良い空洞に至り、
そこをリビング/ダイニングと名付け、
その後必要に応じて木の塊に横穴、竪穴を掘って、寝室やピアノ室、ランドリールームや書斎、浴室、トイレ用の洞穴を一つ一つ用意した
・・・というような、
土と木の塊を掘り起こしてできたランドスケープと洞穴、そこに屋根をスッと乗せた建築と見立てることもできそうです。

2Fへの階段は、木の塊を掘り進む追体験でもある(提供:飯田氏)

もちろん、実際は木の塊は元から敷地にあったものではないですし、木の塊ではなく木造在来工法の建物(building)ですが、
要は物事の「見立て」方であり、
「土の塊・木の塊、それを掘り起こした建築(architecture)」と見立てた時に、
初めて建築が立ち現れると考えることができます。
設計者の言葉を借りれば「木の塊を掘り進めてできる空間はモグラの穴のようであり、
アリの巣のよう」であり、
住まい手の空間認識や、自分たちで住まいを作っていこうとする積極的でポジティブな姿勢は、「掘り起こす」に符合するところがあります。

3.掘った先にあるもの

角材という線形状の材で構成される在来木造の建物に「掘る」という動詞が
果たして適切なのかどうか。

もしかしたら本当に木の塊が以前あったという事実が、過去や並行世界にあったりするかもしれませんし、
そもそも神戸の開拓自体が険しい山という巨大な土の塊を掘って道を作り、トンネルを通し、
宅地を造成して広げられた土地だという事実は、この建物を「掘る」という動詞で形容することと符合しているようにも感じます。

とはいえ、それはあくまで可能性のある見立てにすぎないので、
実質的なレベルで、この「大阪湾を望む家」が今後どのように使われ、どのように変化していくかによって、その見立てに意味があるのか、力強いデザインとして生活に寄り添ってくれるのかを判断するべきだと、思います。
建築とは「見立て」であり、人や物事がその建物の中で作り出し反復再生産するふるまいの仮説とともに提示されるべき、
つまり、建築は使われ方(の予測)と共に語られるべき、
・・・というのが僕自身の信条ですが、
「大阪湾を望む家」では一階寝室前の庭をお施主さんが造園中で、庭が完成し、寝室と庭を仕切る木の扉が開け放たれるようになった時は、寝室をさらに掘り進んで1階の庭に出たと言えるタイミングなのかもしれません。

1F寝室(提供:飯田氏)

いずれにせよ、
「大阪湾を望む家」も今後どのように使われ、周辺環境と関わり変化していくかが楽しみです。

最後になりましたが、
今回「大阪湾を望む家」をご案内いただいた飯田さんと、快く招き入れていただいたお施主さんファミリーの皆様、ありがとうございました!

※本記事は建築批評のご依頼をいただき執筆させていただきました。
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nishikura.minory@gmail.com
MACAP代表 西倉美祝
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