なぜ企業の研修は「つまらない」のか
久しぶりの投稿です。
(本記事は、ITmediaビジネスオンライン「戦略人事の時代」に寄稿した記事をもとにして加筆、再編集をしています。)
医療崩壊まで起こした今年の夏のコロナ禍は、ようやく落ち着いてきましたね。ただ、まだまだ安心はできないです。ワクチン接種が進んだとはいえ、寧ろ人流は増えている。社会活動が増加すればまた感染リスクが高まるので油断は禁物です。みんなで助け合いながらコロナとの共生を考えていきたいものですね。
さて、長引くコロナ禍での「接触制限」により、これまでの「同じ時間に同じオフィスへ出社する」という働き方のスタイルが大きく変わりつつあります。緊急事態宣言中に在宅勤務を経験し、以降もオンライン併用型で業務を進める企業も増えてきました。働き方環境の変化の中で、マネジメントや育成のスタイルも変わりつつあります。
僕自身も、この2年間で大きく働き方が変わりました。マイクロ人事部長という働き方を2018年にやり始め、「フルタイム出勤」が当たり前だった頃はまだ数年前。在宅ワークも市民権を得てきていて、まさかこんなにドラスティックに世の中が変わるとは、僕自身も考えていませんでした。
一方で、上司の方は「マネジメントが非常にやりにくい」「部下の育成がうまくいっているか心配だ」と感じているでしょうし、「周囲とのコミュニケーションがとりづらい」と感じている方も多いと思います。まあ、「嫌いな上司と顔を合わせずストレスが減った」と喜ぶ部下の声もあるようですが(笑)。顔が見えず慣れない環境で、戸惑っている方も多いでしょう。
企業のオンライン研修は大きく増加
とにかく、Web会議やオンライン面談は多くなりましたね。とてもいいことだと思います。移動時間を考えずにできることはオンライン化のメリットだと思います。でも、一方で、OJTでの育成機会は圧倒的に減少しました。部下や後輩との接点は、確実に減少しています。そのような中で、オンライン研修などの育成プログラムを開始する企業は多くなっています。HR総研の調査(「新入社員研修に関するアンケート調査(2020年)」)によると、2020年度の新入社員研修をオンラインで実施した企業は前年比2割増になっています。
オンラインはどこからでも気軽に参加できます。これまで会場でしか受講できなかったものが大きく可能性を広げましたね。場所の制約が取り払われて、学ぶチャンスは大きく増えました。
ただ、今のところ、リアルで実施したセミナーや研修内容をそのままにオンラインに置き換えて実施しているだけのものがほとんど。まだまだ本当の効果が表れるのは、時間がかかると思います。
研修は、つまらないもの?
さて、皆さんが参加した企業の研修。恐らくつまらないと感じたことのあるものが多かったのではないでしょうか?(もし、そうでなければ、あなたは幸せかも)僕自身も、研修は大嫌いでした。なぜ、そうなるのか?
自分の仕事を優先したい
ただでさえ自分の仕事が忙しいのに、その時間を研修に取られるという人は多いはず。業務時間中にわざわざ時間を割いて参加することにストレスを感じることもあるでしょう。
目的がはっきりせずモヤモヤする
研修の目的や内容を事前に詳しく伝えている企業は少ないのでは?これから起こることが分からないのは不安やストレスを感じますよね。
自分のためになるのかが分からない
研修が、自分のためにならないと感じてませんか?みんな置かれる立場はそれぞれ違い、課題も異なるのに、一律でインプットされることに対しての抵抗感を感じたことはありませんか?
人事担当者は、社員がこんな抵抗感を持って研修に参加していることに悩んでいますよね。では、なぜ受講者はそう感じてしまうのでしょう?
「よくある」研修パターン
一般的に企業で行われる「よくある研修」のパターンは、以下のようなものだと思います。
よくある研修(1)知識を付与するための研修
業務上で想定される、最低限の知識を身に着けるための研修。例えば新入社員研修のように、社会人としての最低限のマナーや業務知識を身に着けるものから、業務研修、コンプライアンス研修など。
よくある研修(2)階層別研修などの定期的に行われる研修
入社して数カ月たったら行われるような新入社員フォローアップ研修から始まり、入社後の節目に行われる5年目研修。リーダー研修、管理職研修、幹部研修など、年次に応じて定期的に行われるものや、職制に応じて定期的に行われる研修。
よくある研修(3)技術やスキルアップのための研修
新しい技術やトレンドスキルなどを身に着けることを目的として行われる研修。実践的な内容が多い。業務に必要不可欠なものが行われ、必要なタイミングで行われるため不定期なものが多い。
一般的に「つまらない」と感じる研修は、「知識を付与する最低限の研修」や「年次や職制に応じた定期的な研修」ではないでしょうか。これは、「企業側の都合」で行われることが多く、「自分のため」にフォーカスされていないと感じるからなのです。自分自身が必要としているものではなく、受講者が「学ぶモード」にならないまま押し付けられているように感じ、それが「つまらない」につながってしまうのです。
大学の先生も、悩んでいる
僕は数年前から、法政大学でキャリア教育の授業を持っていますが、コロナ禍になりオンライン授業が行わることになり、大混乱しました。新参者の僕などはまだいいほう。これまで長年やってきた授業のスタイルが、突如としてコペルニクス的転回を余儀なくされたのです。リアルで講義するのが当たり前だった授業の現場は、大混乱に陥りました。
仕方がないので、全面的に授業を見直しました。そうしたら、結果的に全面改定になってしまった。なぜか?そもそも、リアルで行っている授業は「先生が教えた気になっていた」のではないかというのが、僕が最も感じた違和感でした。感じたのは以下のような点です。
(1)学生に「伝わる」教材コンテンツになっていなかった
教材コンテンツはリアル授業が前提になっているので、資料は適当でも口頭で話している点がとても多いことに改めて気づきました。慣れないオンラインでは、伝わるものも伝わらないし、学生の集中力も途切れがちです。「どんな環境でも学生に伝わるよう」これまで口頭で話していた内容を、教材コンテンツを見れば分かるように全部盛り込みました。
(2)伝える情報の量が多すぎた
教材を見直してみたら、コンテンツが膨大な情報量になってしまいました。そもそも「伝える内容が多すぎた」のです。あまりに多くの情報をインプットしたところで、理解されなければ意味がない。情報量は6割から7割に抑えました。
(3)集中力を保てる時間配分になっていなかった
動画を撮影してみると、インプットの時間が長い(笑)。自分が聞いていたら集中力が持たないなと。コンテンツを15~20分程度でいくつかに細かく区切り、集中力が途切れないよう再設計しました。
(4)学生ごとの理解度が測れていなかった
オンラインでは、学生の反応が見えなくなります。学生の理解度が分からなくなるため、授業時間以外での個別に学生とのやりとりを増やしてみました。授業後のレポート提出、その内容に対してフィードバック。すると、コミュニケーションが活発化し、学生の理解度が見えてきました。
(5)学生同士のコミュニケーション機会が少なかった
リアル授業は、意識していてもインプット中心の講義になっていました。ブレイクアウトルーム機能等の学生同士のアクティビティを活用しました。
オンラインが悪者なのではない
勘のいい方はお気付きになったかもしれません。これらは決して「オンライン特有の問題」ではないのです。そして、これまでのリアルで行っていた授業でごまかしてきたことが、顕在化した問題だと思います。コロナ禍は、これまで何とかごまかしてきたことを、あらゆるところで顕在化してしまいました。これも、その一つだと思います。
いつの間にか授業の形は定型化し、それを続けていても問題にはならなかった。いつの間にか独りよがりの「伝えるだけ」の授業になっていたのではないかと思います。もっと学生にとっていい授業ができたのでは、と猛省しました。
研修もそうですが、最も大事なことは、受講する人に「伝わること」です。何より主役は「受講者」です。受講者のためになっていなければ意味がないと思います。
これからは、「いい授業」「いい研修」をしていかないととあっという間に他のだれかに取って代わられる時代に入ったと思います。N高やS高のようなオンライン講義も出てきているし、もっと言えば、同じ授業をやるのであれば、受講者にとっていい授業であればよくて、オンライン化で場所の制約はなくなり、動画であれば下手な先生や研修講師はいなくても学べる機会は増えていきます。
こうして改めていい授業や研修を作ることの大切さを、コロナ禍は示してくれたのではないかと思っています。
つまらない研修をなくす3つのポイント
話を研修に戻しましょう。では、「つまらない研修」の何を見直すべきなのでしょうか?僕は、3つのポイントがあると思っています。
(1)「伝える」ではなく「伝わる」コンテンツを設計する
研修講師は、伝えたいことがたくさんあるので、盛り盛りのコンテンツを作りがちです(僕もそうです)。でもこれでは「伝える」ことが目的化してしまうだけです。本質的な意義は「その後に行動変容が起こること」。そのためには、受講者が研修内容を正しく理解できるようなコンテンツ設計、伝え方にしなければなりません。
(2)受講者が「得する」ことを考える
時代の流れはとても早く、受講者が置かれる状態も変化します。これまで当たり前にやってきた研修でも、「受講者が求めていること」は変化していきます。このニーズや課題感をしっかりと押さえることが大事です。研修の主役は受講者です。受講者が「得する」コンテンツ設計が重要です。
(3)研修は「機会を提供する場」
研修講師は、研修内での成果を出すために意識が向きがちで、インプット中心になりがちです。もしかしたら、同じ課題を抱えている受講者同士の交流の方が効果があるかもしれません。インプットをするのは研修講師だけではなく、受講者同士だったり第三者かもしれません。研修という場は一つの学びのきっかけ作りの場、「機会を提供する場」と捉えると、研修の幅が広がるはずです。
コロナ禍はマイナスな部分だけではなく、それを変化の機会と捉えれば多くの新しい有益なものが得られるはずです。研修も、その一つかもしれません。