![見出し画像](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/72525888/rectangle_large_type_2_18a510bf1ea70e6bfb5d52b8fabe1637.jpeg?width=1200)
「シュワリ」と氷の音がする
こんにちは。
氷の音についてエッセイを書きました。
*****
編集ライター養成講座の同期と渋谷で飲んだ。昭和38年からある老舗の焼き鳥屋。煙にかすみ、昭和感がそこかしこ。
映像を生業とする彼とは初めてのサシ飲みだ。仕事のこと、言葉のこと、話題は尽きない。まだまだ話し足りないと思いつつ、感染症の蔓防の影響で午後9時には店を追い出される。ハチ公前の改札で別れるが何かもの足りない。踵を返し、ネオンの海に再び身体を泳がせた。
![](https://assets.st-note.com/img/1645199603676-1BvqPE85gW.jpg)
まだ夜は浅い。路上に放り出され、酔い足りなくて行き場を失った人たち。干上がったアルコールの池で、ピチピチ跳ねる魚たちの間をすり抜ける。
「あった・・・まだやっている」ショットバーの重い扉をギイと開け、半身を中に滑り込ませた。暗い店内には先客は3人。長いカウンターの奥から4分の1の場所に空席があった。
一番奥の客と、中央に座る客は話し中だった。頭を下げつつ割り込んで座る。頭上を先客達の会話が往復する。彼らの言葉は成層圏を行き交う飛行機だ。
会話に割り入る気はなくて、ひとり黙りこくる。
両肘をつき、手のひらを広げて頰をささえる。さながら、柳宗理のバタフライ・スツールだ。カウンターに肘をつくのはご法度だけど、外飲みをしなくなり、すっかり忘れていた。
![](https://assets.st-note.com/img/1645198504361-ugQ4CSEcOT.jpg)
目をつむる。バックボードの琥珀色の瓶達が視界から消えた。先客のもったりした会話とBGMだけが聴こえてくる。不思議と感覚が鋭くなってゆく。
グラスの氷が「シュワリ」とかすかな音をたてた。微細な気泡が一瞬湧き立ち、ガラスの薄い壁を溶け落ちているのだろう。
今まで過ごした長い長い止まり木の時間、氷が溶ける音は「カラリ」だった。静寂の中、ひときわ響く「カラリ」。マスターが声をかける呼び水でもあった。洗ったグラスを白いクロスでふきながら、こちらに半身をかたむける。「お次は何にされますか?」
ひたすら目をつむり続けた。視界がない世界の「シュワリ」。私にとって初めての音。細かな気泡を発しながら、ひとり静かにマリアナ海溝に沈んでいった。