自分にエールを

女性はそもそも子供を産んでも仕事を辞めるべきではない、なんとかして続けるべきであると書いてあるスイスの家族サポート系のネットサイトを読んで思いっきりヘコんだ。泣きそうになった。
私は間違った決断をしたんだ、と誰かに非難されているような気分になった。

いやわかってるさ。
私だって最初は続けようと思ってたさ。
でも子育てと家事と仕事のトリプル掛け持ちって思っていたよりずっとずっとハードで、いろんなことが重なって、体力的にも精神的にも追いやられていた10年前。
自分で決めて、辞めた。

子なしの頃から家事をほぼ手伝ってくれない夫のせいにしたい。人のせいにするのは簡単だもん。でも、彼と別れずに一緒に生きていく選択肢を選んだのは自分だ。
仕事を辞めたいと切に願うほど自分自身を追い込んだのも自分だ。どうしても、どうしても第二子がほしかったのも自分。でも初出産して3年が経っても、1度の流産を経験したきり子供ができなかった。

このまま二人目できないのかな。
できたとしても、一人っ子が二人みたいな年の差になっちゃうのかな。なんでできないんだろ。私がいけないんだろうか。
毎月毎月、生理がくる度に思い詰めていった。

専業主婦も夢のような生活なわけはなく、よい面も悪い面もある。
でも仕事辞めて、一年間自分と向き合って、第一子育てながら自分をケアして、心と身体を癒してそしたらやっと、やっと念願の第二子を授かったんだ。本当に、嬉しかった。私の選択は間違ってなかったんだ、ってその時は確信した。次男が生まれてくれて、やっと私が願い倒したわがままな家族構成が叶った。

忘れちゃいけない。
仕事辞めなくても妊娠したかもしれない。
でも辞めずに、トライしないでそのまま子供ができなかったら。
私は辞めなかったことを後悔したんだろうか。

私は、自分が仕事辞めて、自分のケアをしたからこそ2度目の妊娠が叶ったんだと思っている。

絶対そうだと信じたい。仕事辞めたことを後悔したくないから。社会復帰に苦戦してる今でも、過去の自分の決断を後悔したくないんだ。

12年前。第一子が1歳になった頃。
長男はなかなか数時間続けて寝てくれない赤ちゃんで、1年目の夜はほぼ毎晩何度となく起こされた。
会社復帰と引っ越しがほぼ同時進行で重なり、仕事復帰したはいいが病欠ばかりしていた。風邪は長引くし、治ったかと思えば胃腸炎になったりと、次から次へと続いた。
そしてやってくる目眩。車で通勤中急にグラッときて、高速道路でハンドルを必死に握って道路からそれないようにした日は忘れられない。
食べ物を飲み込もうとすると、飲み込めないで気管支に入ってしまいそうになってパニクる変な状態を何度も経験するようになる。何かを飲み込もうとすること事態が怖くなった。
同僚と一緒に楽しんで昼食が食べられなくなった。
耳鼻咽喉科に行っても異常はないと言われた。

あの頃はすべてがしんどかった。
何かを変えなければ、なんでこんなしんどいの。他のママたちは平気でこなしてるのに。
そうやって、どんどん自分を追い詰めていった。

だから今は知ってる。
自分がどういう人間であるか。
自分が自虐的な、自罰的な人間であり、ネガティブ思考に捕まって落ちてしまうタイプだと言うこと。限界に達すると、誰かのせいに、自分が置かれている環境のせいにすること。
そうやって自分が気づかないうちに、自分が変わることを拒んでいたこと。
そしてそれは自分を苦しめて、自分の行きたい道を阻むだけの行為だと言うこと。

だからもう同じ過ちは起こしたくない。
自分が自分の味方であってあげたい。

おととい、初めて履歴書を送った会社からお断りをいただいたくらいで自信なくした自分がいる。一回目だよ? もうだめだって思ってる。
経験なし、ちょっとかじるくらいのレベルの経理の勉強したくらいで経理の仕事探してるこんな人間、誰が雇いたいなんて思うんだ。

でもだめ。
甘ったれるな。
今こそ自分の決めたことに対して責任を持て。
自分を下卑するな。
自分をあきらめるな。
私にも価値はある。

この資本主義の世界で、お金稼がなかったら価値がないって考えに染まるな。
この10年、子供たちと向き合えた。
罪悪感なく子育てできた。
子供たちに寄り添っていられた。
毎日学校であった色んな他愛ないことから大切なことまで、なんでも話してくれた。聞けた。
両親とも向き合えた。
親孝行たくさんできた。
夫も安心して仕事ができたし、キャリアも積めた。

こんな幸せだった10年間を、否定したくない。間違いだったって思いたくない。

私は絶対に理想の職を見つけるんだ。
こんにゃろちくしょう。
負けるな自分。
私の敵はいっつも私。
自分は価値がある。
絶対ある。
仕事もできる。
経理は自分に絶対向いてる。
後ろを向くんじゃなくて、前進しよう。

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