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【謎】父に誘われた話

 私が小学校2~3年生の頃の話。
 父とよく近所をサイクリングしていた。近場の公園へ行くこともあればひたすら川沿いを走って隣の駅まで行ったり、普段は車で行くような場所にある大きな公園まで行ったりと、行き先は父の気まぐれだった。

 ある休日の昼下がり、父が庭いじりをしていたので私も外に出た。特にすることもなく父の横で捕まえてきたダンゴムシを転がしていたところ、父が「サイクリングに行こう」と言い出した。私は嬉しくなり早く行こうと自転車のあるガレージへ向かった。普段はタイヤにチェーンタイプの鍵をかけていたのに、なぜかこの日は鍵がかかっていなかった。
 父がガレージのシャッターを開け、いつも通り二人で出発した。しかし、ここで私は母に出掛けることを伝えていないことに気が付いた。黙って出掛けたことがバレたら怒られるかもしれないと思い、前を走る父に「ママにサイクリング行くって言ってないよ」と声を掛けた。「大丈夫だよ」と言って父は進んで行くが、出掛ける時は行先と一緒に行く人をきちんと伝えてから出掛けなさいという母の言いつけを破ることが恐ろしかった私は「やっぱり帰る」と踵を返した。自宅から出発して二つ目の角を曲がった辺りだったと思う。
「えっ!?行かないの?」
 という父の声を背中に受けながらも母にバレる前に帰らなくてはと下り坂でもペダルを漕いで全速力で帰宅した。

 自転車を止めようとガレージに入ると父の自転車が目に入った。庭から物置のドアを閉める音が聞こえたため向かってみると、父がいる。どうして先に着いているのかと私が聞くと、ずっと家にいたという。「だってさっき一緒にサイクリング行こうとしたじゃん」と私が訴えても「えぇ?勝手に出掛けちゃダメだよ」などと言ってくる。
 自転車で父と別れた地点から自宅まで、私が通った道とは別にもう一本道がある。たしかにそちらの方が距離としてはやや短いのだが、私が通った道とあまり大差ない。父は私が躊躇っていた間もどんどん先へ進んでいたので私の方が自宅に近い場所にいたし、子どもとはいえ全速力で漕いだため父が私を抜かせたとしてもガレージに同着くらいのタイミングになるはずだ。
 しかし父は庭にいた。息が上がっている様子もない。しかも軽く怒られた。幼い私はわけがわからず何も言い返せなかった。

 何年か経って父にこの出来事について聞いてみたのだが、何も覚えていないという。
 私は誰と出掛けようとしていたのか、今でも謎のままである。

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