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『臨床失語症学━言語聴覚士のための理論と実践━(2001年)』を振り返って

臨床失語症学「はじめに」より

❝"失語症の回復とは何か"、"それを専門的に援助する失語症臨床は、どのような理論や知識が必要なのか"❞

「はじめに」において著者はいくつかの問いを立てています。本書はそれらの疑問へ回答するように書き進められています。


第1章・第1節「失語症をどうみるのか」では、臨床にとって捉え方・見方が重要であるという話から、医学モデル/障害モデルについて論じられています。

医学モデルとは失語症を"病気"として捉え、診断学的な視点から発生機序や予後を推定して治療的に対応することを指し、障害モデルとは国際障害分類(ICIDH)━━※現在は国際生活機能分類(ICF)に改訂された━━に基づいた見方による、3つのレベルでの改善や援助を働きかけることを指しています。後者は世界保健機関の概念に由来しているため"WHO(障害)モデル"とも書かれています。
そしてこの2つの見方のどちらを取るべきか、あるいは期や状況に合わせて折衷的な見方も存在する、と紹介されています。

この本が書かれた当時は"病気"モデルの見方が大半であったのかもしれないですが、著者はあくまでも失語症臨床は「失語症の問題をもった人に対して、心理-社会的な適応的回復を考慮しながら、失語症の回復を促進する専門的働きかけ」であるという定義・立場から、"WHO(障害)モデル"(ICFを前提した現在では生活モデルと呼ばれるかもしれません)での見方を重視しているように思いました。
ICFが採択されたのがこの本の刊行前ということで、ICIDHベースの用語として「障害」を前提したと思われますが、本書のなかで3つの段階(ICFで心身機能、活動、参加などと呼ばれている概念に対応するところ)は一方通行ではなく、相互に作用し合うものと説明されています。
著者の考え方はICIDHよりICFに近く、活動水準へのアプローチが狭義の言語機能の向上や心理-社会的適応を促進させ、互いに作用し合うという視点は今も有用であると思います。


以降の章では、回復機序・認知神経心理学的アプローチ・会話分析・心理-社会的側面などについて、論文を引用し根拠を示しながら書かれています。


第3章・第1節「言語症状の評価はどうあるべきか」では、失語症タイプ分類の確定によって訓練方法が考えられることが多かった従来の失語症評価の限界と、認知科学的な言語情報処理モデルに基づく失語症評価による訓練プログラムとその実施について紹介されています。

失語症の古典分類とも言われるウェルニッケ-リヒトハイムの図式による分類(1885年)は、そもそもリハビリを目的とした分類ではなく、大脳の言語ネットワークとその損傷による影響を図式化したものであったようです。
古典分類については現在はそのまま用いられるわけではないものの、現在でもその分かりやすさによるのか、ブローカ失語やウェルニッケ失語などの名称か用いられることは多いと思います。
本章では失語症臨床のための評価として、認知神経心理学的アプローチを紹介しながら、症状の背景にある言語情報処理過程(話す・読むなどの言語機能を更に要素とその働きの関係性で捉えたようなもの)を説明し、古典分類等の失語分類では捉えられない別の見方を提示されています。
たとえばウェルニッケ失語(感覚性失語)とみなされた場合でも、そのうちの何の症状が強いのか、何が苦手でどこに問題があるのかなどについては個人差があり、また同じひとのなかでも期や回復経過によって症状の変化もみられます。
認知神経心理学的アプローチでは、古典分類的には同じ類型に属する症状でも、言語情報処理過程でみると同質ではなく、詳しく評価することで問題点の解像度が上がり、より個人に合わせた訓練プログラムを提案して対応することができるというところが、分類で捉える見方にはない強みであると思います。

その後の節では、評価のうえでのセラピーの方法について、詳しく論じられています。


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わたしは自分の専門とする領域の本を読むと、読書中に自身の意見や疑問が浮かび上がって、なかなか読み進められないことがあります。
この本を読むと、とくにたくさんの問いが自分のなかに生まれてきて、その問いの答えを求めて、読んでいる途中でも、他の本やべつの視点を探そうとしてしまいます。
それは佐藤先生が本書を自らの問いから書き始めておられるから、その文章を読んで自分自身の潜在していた問い・疑問が浮かんでくるのかなと感じます。
今まで関わらせていただいた患者さん・利用者さんとの言語療法・失語症臨床の経験から問いを立て、どうしていくかを考え、臨床-科学的な知識を得ることが重要であると受け取りました。

この本は自分自身で考えてゆくためのベースとなる《臨床失語症学》の理論と、その先を求めて新しい問いを立てていくことを、示してくれています。

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