十牛図#9 返本還源
「十牛図」9番目の絵は、返本還源(へんぽんげんげん)では、空の世界から自然が還ってきました。
牧人はすべてをあるがままに見ながら生きることができるようになりました。
「返本還源(へんぽんげんげん)」の問いは「自然とはなにか?」「あるがままとはなにか?」です。一緒に答えを見つけましょう。
「十牛図」は、中国・北宋時代の廓庵師遠(かくあんしおん)のアイデアと言われています。
日本には室町時代に伝わりました。
禅を学ぶ入門書として有名な「十牛図」は、禅だけでなく、自己発見あるいは自分を高める教科書として、書道・武道・華道・歌道など「道」とつくもの、自己発見に広く活用されています。
道を極めるとは、一切の執着を離れ、あるがままに任せること。
「十牛図〜返本還源(へんぽんげんげん)」では、長い「迷い」とやっと到達した「悟り」の間での葛藤を克服してみると、一塵のけがれもない美しい自然が牧人に還ってきました。
深層心理にある「執着」さえなくなれば、修行の必要もなく、全てを大自然に任せてあるがままに受け入れれば良いことがわかりました。
返本とは、本(原点)に返(帰る)、源にたち還る。
つまり「はじめに帰り源にたち還る」を意味します
空の世界からふたたび自然がもどってきました。
牧人の中に根本的な変革が起こったのです。
自我が消えたので、牧人は自然のようにすべてを平等視して生きることができるようになりました。
自然のようにすべてを平等視して生きることができるようになったとは、具体的にどういう現象でしょうか?
深層心理にあった蔵「阿頼耶識」「末那識」の扉が開き、解放され、自己肯定・他者肯定の構えで、人生・人間関係を捉えることができるようになったのです。
根本的な変革が起きたことで、自分を意識することもなく、自然の一部になりきったのです。
自然の一部として自分を意識することもなく、生きていけることができるようになったのです。
実生活では、この状態がすべての基礎的な原因になるので、これに則した結果が出るようになります。
自然は真理を教えてくれますが、私たちは自然からなにを学ぶことができるのでしょうか。
身体の中で働いた酸素は二酸化炭素に変身して空気中に放出します。
二酸化炭素を水と太陽光の力で、もう一度酸素に変えてくれるのが木であり、植物です。
持続可能な社会のために再生可能エネルギー拡大に躍起になるほど、木を切りまくって太陽光パネルを日本国中に並べそうです。
自分の身体であって自分の身体でない、自分を切ってなんの持続可能な社会かな。
ブッダの教えは、「原因=結果」というシンプルなものです。
原因がよければ結果も良い、
良い原因を作る方法が、否定に否定を重ねてたどり着く「自灯明・法灯明」です。
ところが自然は分別することなく公平に与えてくれます。
しかし、汚れきった人間はエゴにまみれになって、地球滅亡の方向に暴走しています。
戦争の悲惨さを知っているはずなのに、自分だけは別という思い上がりで、人々を苦しめることになんの躊躇もありません。
毎日のように脅迫まがいの行動を慎みこともなく、力を誇示することに余念がありません。
もっと身近な世界に焦点をあてると「児童虐待」があります。
自己否定に耐えられず、生活力のない子どもに暴力をふるい憂さを晴らす親と世界のリーダーを名乗る狂人とどこが違うのでしょう。なぜ人は平和に住めないのでしょう。原因は数知れません。
一つの理由は、過去の記憶に支配されすぎていることが挙げられます。
無遠慮に過去を重んじることは人は分別を深めてしまうのです。
分別せずに自然のいのちとひとつになれば自在になれます。
自在とは、心が煩悩の束縛から解放されて自由となり,何事でも思うがままになしうる能力のことです。しかしエゴが有る限り、フツーの人が得ることのできない能力です。
それでもなお、知っているからこそ、何度弾かれても、チャレンジするのです。
遠離一切顛倒夢想。
自分は肉体を持った人間であり、いずれ死ぬ運命にあるという誰でもが信じ込んでいる妄想から離れるということです。
遠離一切、自分にまとわりつく一切を切り離せば、自然と一体になって、自由になれます。
災難に逢う時節には災難に逢うがよく候
死ぬ時節には死ぬがよく候
これはこれ災難をのがるる妙法にて候(良寛)
江戸時代の曹洞宗の僧侶である良寛の言葉です。
私たちがどんなに手を尽くしても死ぬ時は死にます。それは変えられません。
であるなら、それらを受け入れて生きるしかありません。
どんなに不運が続き、大災害に逢おうとも、それは紛れもない命の現実でしかなく、そのことを「災難」としてしか捉えることができないならば、どこまでもその不運を嘆いて生きて行くしかありません。
しかしあるがままを受け入れて、今日を最後のように過ごせばどんなにか充実した時をすごせるでしょう。
「もし今日が人生最後の日だとしたら、今やろうとしていることは本当に自分のやりたいことだろうか?」(スティーブ・ジョブズ)