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何者になりたいのか? と聞かれると「水戸黄門」と答えてしまうことについて
昨日、チームメンバーとの1on1で、
「蓑口さんは、何者になりたいの?」ということを聞かれた。
私はいつもの通り
「水戸黄門になりたいんです」と答え
そして(案の定)「は?」となった。
私はダブル正社員として働く中で、しばらく前に2社の代表にも同様のことを聞いてもらったことがある。その際にも、同じ反応だったことも思い出し、今日は、私の目標がなぜ「水戸黄門」なのかについて書こうと思う。
水戸黄門とは、旅人であり、世直し人
『水戸黄門(みとこうもん)/別名:水戸黄門漫遊記』とは、徳川光圀が隠居し、旅人な風貌で、日本各地をめぐり世直しをしていくストーリー。
テレビで流れる1時間のストーリーの型はいつも決まって
1)水戸黄門が、隠居老人のカッコでお付き人(角さん /助さん)と色々な地域に行く
2)地域に行くと、百姓や街の人は頑張って田畑を耕しているのに、悪代官に年貢を取られてしまい困っている
3)旅人に扮している水戸黄門は、庶民にお世話になりながら悪大名への対処法を考えていく
4)<中省略>色々あって、最後に水戸黄門「印籠(いんろう)」を見せて、悪大名は悪さを改める
5) 村人は喜び、街は活気を取り戻し、最後はみんなで「はっはっは」と笑いあっている
私は、小さい頃からおじいちゃんとおばあちゃんとそんなシーンを100万回見て来た。
そのストーリーが頭の中に染み付いているからか。
私は地域で正しい努力をしている人、可能性を磨いている人には輝いて欲しいと強く思う。
水戸黄門のストーリーのように『世直し( 時代に合わせた正しいやり方が伝わること)』ができれば、地域は輝ける!
そんなふうに、色々な地域に伺っては、水戸黄門ストーリーを当てはめて、ワクワクしてしまう。
地域の悪大名は誰なのか?
過去4年間、いろいろな地域に伺ってきました。地域の課題は「人がいないこと」「仕事がないこと」と言われるけど、多くの地域に伺う中で、それは課題の本質ではないと思う。
課題の本質は、その土地や、時代に合った働き方や暮らし方がUPDATEできていない、その方法が知られていないことだったりするのではと思う。
実際、いろいろな地域では時代に合わせて、シェアリングエコノミーや、スキルシェアのランサーズを取り入れようとしている方に、私はたくさん出会ってきた。
そして、実際にスキルシェアの導入を進め、根付いた地域では、これまで働く選択肢がなかった人が働けるようになり。チームで仕事を受注することができるようになりと地域が自走している姿を多く見てきた。
その一方で始める前や、始めたての際には、
・田舎だから無理だよ
・パソコンが苦手だから無理だよ
・女性だから、老人だから難しいと思うよ
という内外の声が、これでもかというほど出てくる。
せっかくやる気を持っていた人も、「やっぱり難しいかな」
と及び腰になることが多い。
私は、これこそが地域の「悪大名」(古い価値観)だとおもう。
昔のやり方を守ることは悪いことではないし
変化に対して身構えてしまう気持ちも、
過去のやり方を一時的に否定しなくてはいけない、辛さもわかる。
でも、そんな向かい風を受け止めながらも、
地域の中で「世直し(時代に合わせた正しいやり方)」を進めようとしている人がいるのであれば、
私はその人たちの生活や、環境にに寄り添って一緒に乗り越えていきたいと思う。
そして、最後には「はっはっは」と一緒に笑い合いたいと思う。
「何者になりたいのか?」と問われるとき、
私はこれからも(地域の人をシェアで輝かせられる)「水戸黄門」になりたいと答える
水戸黄門って「おじいちゃんでしょでしょ」「もっとかっこいいのないの?」と言われるケースもあるけど、
「ジャンヌ・ダルク」や「ロビンフッド」と言うよりもこっちのほうが伝わりやすいのだ。
なんせ、水戸黄門は、1910年から2009年までの100年間、日本中でお年寄りから子供までの幅広い世代で愛されてきた物語なんだから。
テレビ番組は終わってしまったみたいだけれど。日本人にこれほどまで愛されてきた物語だからこそ時代に合わせ「水戸校門シェア漫遊記」的なリメイク版の番組が企画されるのも夢ではないかもしれない。
ということで、今日は「何者になりたいのか?」ということについて書いてみました。
日本一シェアの情報が集まる場『SHARIN NEIGHBORS』
#シェアをみんなのものに
では、今日もいってきます!