「おかわり」というには軽率な気がした。

「酔い覚ましに。」
酔ってぽわぽわした頭を机に突っ伏していたら、コトンと置かれたぽってりした形の白いマグカップ。
ゆらゆらと香ばしい湯気が立ち上る。

ブラックだ。
ということと、彼の好きなエチオピアの豆だろうな。コーヒーの知識に乏しいのでそれくらいしかわからない。

いつからかわからないけど
知らぬ間にわたしは大人になっていたらしく、
ブラックコーヒーが飲めるようになっていた。
ビールとブラックコーヒーが飲めるようになったら大人になった証だと、なんの根拠もないことを思っていた。

「ありがと。」

ゆっくり頭を上げ、コーヒーの入ったマグの取っ手に触れる。
酔った頭とぼやける視界ではひとこと返答するだけが精一杯だった。
何度かふうふう息をかけて冷ましたあと、
深い、夜の海底みたいなコーヒーをひとくちのみこむ。

「あちっ...」

「ふふっ、猫舌さんだね。」

「.....すごくおいしい。
え、おいしい。コーヒー淹れるのうまい。
貴方のコーヒーすごく、すき。」

「うれしい、ありがとう。でも、ま、コーヒー屋さんだからね。」

目を細くして笑ってからちょっと伏し目になる感じ、照れてる時の癖だ。長い睫毛の落とした影に見惚れていたらくすっと笑い声がした。

あー、酔ってなかったらもうちょっとまともな感想言えるのに。本当に美味しかった。

でももう2度と、彼の淹れるコーヒーは飲めない、かもしれない。そんな気がした。
最後の晩餐に出てくる食後のコーヒーはこれがいい、など思いながら、また、ひとくち飲み込む。

コクリ、 小さく喉が鳴った。


予感は的中。
その日からお互い、連絡は途絶えた。

6月も下旬、まだ夜は少しつめたい。
淹れてくれたコーヒーの苦みだけがいつまでも頭にこびりついている。

「おかわり」というには軽率な気がした。
2019.04.27

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