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ドイツ・ポッドキャストアワード2020【後編】

今年初めて開催されたドイツ・ポッドキャストアワード(Deutscher Podcast Preis)について、前編と後編に分けて書いています。【前編】では概要と7部門の受賞作品をご紹介しました。こちらでは、惜しくも受賞は逃したものの、そのままにするのにはもったいないノミネート作品をご紹介します。少し長くなりますがお付き合いください。
それぞれの部門の詳細については、【前編】で紹介していますので、是非併せてお読みください。

●ジャーナリズム部門

ノミネート:"Faking Hitler" (stern)

1983年、ドイツの週刊雑誌『シュテルン』がドイツ史に残る発見をスクープしたーーヒトラーの日記が見つかったのだ・・・と思ったのも束の間、この日記は贋物と判明する。ドイツ報道史に残るこの事件を、『シュテルン』誌自ら検証すべく作られたのがこのポッドキャストだ。取材を行ったのはジャーナリストで文芸評論家のマルテ・ヘルヴィヒ(Malte Herwig)。膨大なアーカイブから当時の資料や電話の録音などを用い、全10話のノンフィクション・ポッドキャストに仕上げた。当時のスタージャーナリスト、ゲルト・ハイデマン(Gerd Heidemann)はいかにして詐欺師コンラート・クーヤウ(Konrad Kujau)に贋物を掴まされてしまったのか? 88歳になったハイデマンとのインタビューを加え、約40年前の歴史を語る力作。

ノミネート:"Steingarts Morning Briefing"(Gabor Steingart)

ドイツの有力週刊誌『シュピーゲル』や経済紙『ハンデルスブラット』などで、活躍するジャーナリスト、ガーボア・シュタインガート(Gabor Steingart)が月曜から金曜まで配信するポッドキャスト。政治と経済に重点を置き、毎日20〜30分ほど、テンポよくニュースを分析している。
ちなみに、シュタインガートが編集長を務めていた『ハンデルスブラット』による "Handelsblatt Morning Briefing" というニュースポッドキャストがある。こちらはシュタインガートが編集長時代に始めたものだが、別のポッドキャストなので注意。5分から10分程度のニュースダイジェストを毎日配信している。

●トークチーム部門

ノミネート:"COSMO Machiavelli"(Westdeutscher Rundfunk)

「ラップと政治」をテーマにするポッドキャスト。ジャーナリストのヴァスィリ・ゴロド(Vassili Golod)と、音楽ジャーナリストで自身もラッパーであるヤン・カヴェルケ(Jan Kawelke)がホストを務める。その成り立ちから切り離せない政治とラップについて、2週間に1回、1時間ほどの番組を配信している。2020年4月からは入れ違いに "Machiavelli Push" を配信し、カヴェルケと、ジャーナリストでDJのサルヴァ・ホムスィー(Salwa Houmsi)が以前のエピソードの話の続きや、直近に起きたニュースなどについて、ラップの視点から語っている。
制作を担うのは "COSMO" というラジオ局。COSMOは西ドイツ放送(WDR)、ラジオ・ブレーメン(Radio Bremen)が、ベルリン=ブランデンブルク放送(RBB)の協力のもと製作する局。かつて移民労働者向けの番組を放送し、その後、文化のダイバーシティーを推進するラジオ局に転身した(Wikipedia)。

ノミネート:"Fest & Flauschig"(Jan Böhmermann, Olli Schulz)

風刺作家、ヤン・ベーマーマン(Jan Böhmermann)と、シンガー・ソングライターのオリー・シュルツ(Olli Schulz)が、毎週、その時どきの出来事や彼らの人生についてトークするポッドキャスト。それぞれ早口である二人のトークはかなりのハイテンポで進む。エピソードの長さは1時間から1時間半ほど。
ベーマーマンは、ドイツでも知名度の高い風刺作家。2016年3月、ドイツの風刺番組内でトルコのエルドアン大統領に関する詩を読み上げ、トルコ側に名誉毀損の疑いで告訴されたことで知られる。

●インタビュアー部門

ノミネート:"Alles gesagt?" (ZEIT ONLINE, ZEIT MAGAZIN)

週刊紙 "ZEIT" の電子版と、付属マガジンの編集長がゲストを呼んで語り合う「果てしないポッドキャスト」。ゲストが「言うべきことは全て言った(Alles gesagt)」と思うまでトークを続ける。詳しい説明はドイツ・ポッドキャスト10選をお読みいただきたい。長時間聴いていることが苦にならないならばこれほどのエンターテインメントはない、密なポッドキャスト体験ができる。
話題はその時どきの時事ニュースに左右されにくいため、過去の回であってもリアルタイムであるかのように聴くことができる。

ノミネート:"Hotel Matze"(Mit Vergnügen)

ベルリンから始まったオンラインのシティ・マガジン "Mit Vergnügen" の共同創設者マッツェ・ヒールシャー(Matze Hielscher)がゲストを迎えて話すポッドキャスト。ヒールシャーの深い声が特徴で、1時間半から3時間ほどにも及ぶエピソードを週1回配信。ゲストはミュージシャンから政治家、学者まで多様。ヒールシャーはバンドマン出身で、バンドをやめた後、パーティーなどのイベントをブログでキュレートし始め、そこからオンライン・シティ・マガジンを創刊した経歴を持つ人物。
同じくノミネートされている "Alles Gesagt?" のホストの一人、クリストフ・アーメントや、"Steingarts Morning Briefing" のシュタインガートもゲストで出演したことがある。


●プロダクション部門

ノミネート:"Eine Stunde History"(Deutschlandfunk Nova)

ドイツの公共ラジオ "Deutschlandfunk" の若者向けチャンネルの番組がポッドキャストとして配信している番組。毎回、歴史上の出来事を一つ取り上げ、わかりやすいストーリーと専門家のインタビューを交えて作られている。事件史に限らず、文化史や学術史も網羅されている。
ラジオ局のターゲットが若いことを受けて、歴史番組ながらとてもポップで聴きやすい。テンポと、ナレーションの間に挿入される効果音、そしてわかりやすい解説が人気の番組。エピソードの長さは30分から1時間ほど。毎週金曜日に配信。

ノミネート:"Finding Van Gogh"(Städel Museum)

世界的に有名な画家、ヴィンセント・ファン・ゴッホが死の1ヶ月前に描いたとされる『医師ガシェの肖像』。数十年間公の場から姿を消している、世界的に有名なこの絵画の所在を追うポッドキャスト。ラジオを中心に活躍するジャーナリストのヨハネス・ニッヒェルマン(Johannes Nichelmann)が中心となって取材を重ね、かつて同作を所蔵していたフランクフルトのシュテーデル美術館(Städel Museum)が制作。5話で完結するカルチャー・ポッドキャスト。
ちなみに、このポッドキャストは英語バージョンが制作されている。博物館のホームページにも、英語での詳しい説明とポッドキャストが掲載されている

●スクリプト/作家部門 

ノミネート:"Enke -- Leben und Tragik eines Torhüters"(NDR2)

サッカードイツ代表でゴールキーパーだったロベルト・エンケは2009年、自らその命を絶った。生前、うつ病に苦しんでいたことが明かされると大きな反響を呼んだ。
北ドイツ放送による制作で、スポーツジャーナリスト、モーリッツ・カサレット(Moritz Cassalette)が、エンケの家族や友人、チームメイトとのインタビューを通じて、エンケの人生とうつ病との闘病に迫ったドキュメンタリー。サッカー人生、妻との出会いなどが詳細に語られ、さらにそこから、うつ病とはどのような病なのかにも踏み込んでいる。1エピソード15分から30分ほどで、全9話構成。

ノミネート:"4 Tage Angst"(BR2)

1973年7月、東ドイツから西ドイツへ逃亡を試みたベアベルという女性のドキュメンタリー。アメリカ兵の車に乗って、ベルリンのチェックポイント・チャーリーを通って逃亡を試みる彼女は、4日間、シュタージ(東ドイツの秘密警察)から隠れなければならなにくなる。
この女性は、取材を行ったジャーナリスト、ティル・オトリッツ(Till Ottlitz)の母親だ。家族でもこの話をあまりしなかったというベアベルが、このポッドキャストのため、時代の証言者として口を開いたのだという。30分のエピソート6部構成で、バイエルン放送(Bayerischer Rundfunk)による制作。

●ニューカマー部門 

ノミネート:"180 Grad: Geschichten gegen den Hass"(NDR Info)

このポッドキャストも、ドイツ・ポッドキャスト10選でご紹介した作品で、「ヘイト」を扱ったもの。難民に対するヘイト、ホモフォビアなどをテーマに、7エピソードかけて、憎しみ合いが対話を通して「180度」反転した例を紹介している。
ドイツ、アイルランド、スイス、アメリカ、ボツワナなどでの綿密な取材、臨場感のあるオーディオが、ホストの二人の対話の中に差し込まれる。一人はこれらの取材を行ったジャーナリストのバスティアン・ベルブナー(Bastian Berbner)、そしてもう一人はアレクサンドラ・ロイコフ(Alexandra Rojkov)だ。ポッドキャストは、ベルブナーが「対話を通してヘイトは乗り越えられる」と力説し、エピソードを紹介していき、ロイコフはそれに対して懐疑的な目を向ける話し相手、という構図で、非常に引き込まれる。

ノミネート:"Bestatten, Hauda."(Bianca Hauda)

ラジオパーソナリティのビアンカ・ハウダ(Bianca Hauda)が、「死」をテーマに制作するポッドキャスト。ポップカルチャーや音楽をメインに扱ってきたハウダが、社会のタブー視されがちな話題に切り込む。
父親がある日遺言を持って現れたことから死というテーマに直面したというハウダは、誰にもいつか必ず訪れる死とうまく向き合うためにこのシリーズを始めたという。「死」について多角的に考えるポッドキャスト。第一回はハウダが、遺言を持ってきた自分の父親にインタビューする。

●観客賞/エンターテインメント部門

ノミネート:"Dick & Doof"(laserluca)

「セクシー、魅力的、秀才ーーザンドラとルカはどれでもない。二人はただデブでダサい(dick & doof)。」
この説明を読むだけで親しみが湧き、聴きたくなるようなトークポッドキャスト。タイトルに合わせてイントロも「ダサく」作られていて、始めからワクワクさせられる。よく笑う二人が一つのテーマについて終始だらだらと喋るポッドキャスト。
リアクションの大きく、快活で、話している間によく脱線するザンドラ(女性)と、それをたしなめるように話を進めるルカ(男性)のコンビが息ぴったりで、ニヤニヤしながらどんどん聴くことができる。毎週1回配信、1エピソードは50分ほど。

ノミネート:"Football Bromance"(Coach Esume, Björn Werner)

ドイツのポッドキャストでこのタイトル、ということはサッカー・ポッドキャストに違いない、と思っていたら、違った。アメリカンフットボール専門のチャンネルで、ドイツ出身の元NFL選手、ビヨン・ヴェルナー(Björn Werner)とアメフトコーチ、「コーチ・エズーメ」ことパトリック・エーズメ(Patrick Esume)が、カレッジフットボールとNFLについて、アップデートを週2回配信している。
オフシーズンはオフシーズンで、ゲストを迎えたりしてポッドキャストを配信しているので、アメフトファンにはたまらない(のだろう)。


ここまで、第一回となるドイツ・ポッドキャストアワードについて紹介しました。記事を通して少しでも多くの方にドイツのポッドキャストへの扉が開かれれば嬉しいです。
なんと言っても、ポッドキャストで扱えるテーマがとても幅広いこと、そしてポッドキャストの表現方法も非常に多様であること、を示してくれるのが、このアワードの魅力だと感じました。最後までお読みいただき、ありがとうございました!

ご興味のある方は、僕が独断と偏見で選んだドイツのポッドキャスト10選もご覧ください。

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