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「どうしても」タイトルが思いつかなかった!

大学内にある言語学習サポートの場で、

この秋から日本語PAを務めている。


私たちの大学、留学生が学生数の半分を占めているからね。


主な役割は、国際学生の日本語学習を、マンツーマンでサポートするセッションをおこなうこと。


今日は、これまでのセッションを通して感じたことや考えたことを、ちょっくら書きます。



ある時、日本語中級レベルの学生がこんな質問を持ってきた。


それは、「どうしても」の用法について。


教科書を見てみると、どうやら、


【どうしても】には主に2種類の用法があるらしい。

①強い決意や願望
例:–食べたい、–やりたくない

②どう努力してもできない
例:–わからない、–行けない


こんな感じ。


ああそうねそうね、と、言われてみればなる。


日本語を母語としていると、自然と使い分けてるし、文法を気にしながら話さないのでなかなか気づきにくいポイント。

教科書にある例文をみながら、

「明日の試合に出たくないが、どうしても出てしまう」

という文章が、なぜ”間違い”なのかを

“やさしいにほんご”やったり、様々な例文を用いて私なりに説明する。


その「どうしても」の用法は②に当たるから、


どうしても 出なければならない。


と言うのが正解。

努力しても、”出ない”ということをやめられない。この時の「どうしても」は「ぜったいに」みたいな意味なんだよ、


といった要領で。


「むずかしいよね〜日本語、、。」


が、お決まりのフレーズ





個人的に、”言語をその言語で学ぶこと”って、

結構大事なことやと思ってる。


もっと言えば、”言語を、その言語が話されている環境下で、その言語で学ぶこと” かな。


そうすると、その言語体系を学ぶことができて、より深い理解につながると思うから。


私の英語はまだまだなので、訳した時におかしなニュアンスになってしまったり、少し意味が変わってしまった状態で受け取られるかもしれない、しかも、それに自分も気づけないかもしれないという緊張感みたいなのもあって、なるべく、

”にほんごで日本語を教える” ようにしている。


とにかくたくさんのシチュエーションを想像させて、例文を出しながら、少しずつ理解していく方法。




たとえば、若者言葉みたいに、

なにか新しい言葉が生まれた時。


その社会に生きる私たちは、自然とその言葉の意味や使い方、ニュアンスを掴んでいる。


その言語体系を知っているから、新しいものも、すんなり落とし込める。


でも、異なる文化的背景をもつ社会に生きる人からすれば、それを感覚的に理解するのは困難なことで。


だからこそ、”その言語を、その言語が話されている環境下で、その言語で学ぶこと”がとっても大切で、それはすごく価値のあるものだと私個人的には思っているのです。



ひたすらに自分の部屋で、テキスト開いて机に向かう学習方法を全く否定したいわけではない。


でも、一度は

”その言語が話されている国に身を置いて学ぶ”

という経験をした方が、体験的に、感覚的に、

その場のさまざまな要因から、その言語を ”学ぶ” ことができるという点において、めちゃくちゃ有意義やと思う。


台湾に留学して中国語を学んだ経験から言わせても。


というのが私の個人的意見、ですッ



なので私は、日本語を学ぶみんなの、

「あーーわかった!!」

は、そこまで求めていなくて、


「あ〜なんとなくわかったかも!」


で、充分かも。


その、”なんとなく”っていうのは、


きっとその人の母語にはない、日本語特有のニュアンスが含まれていることを示していて、


その、”なんとなく”が積み重なるにつれて、


感覚的に、日本語という言語体系をじんわり掴んでいくのではないかな〜と、勝手に思っている、!


あとは、

相手(現地語を話す人)が何かを考える時の独り言とか、仕草とか、表情とか、


そういうものを、目の前で聞いて、見て、
ってするのもすごく意味のあることやと思う。


だから、私はこれからも自然体な自分(日本語学習者相手に取り繕わない、日本語話者である自分)のままで、


楽しく日本語の学習サポートができたらな〜


と、思っておりマンス( ◠‿◠ )



まあところで、

日本語ってなんでこんなややこしくて難しい言語やねん!!

って、毎回のように思っているよ。

ほんまに。

前に、台湾人の友達に、

「日本の曲は歌詞が難しすぎる」

って言われたことがあって、


いや確かに、と思ったな。


椎名林檎の歌詞とかさ、


日本語を母語とする私たちなら


なんとなーーーーーく、こういうことやろうなみたいな、こんな感じかなみたいな、予想できる、


そういう感覚って少しはあるけど(いやそれでも難しすぎるけど!)


ネイティブじゃなかったらほんまにちんぷんかんぷんでしかないよな、、、、。


日本語の表現の幅は広すぎる、海くらい広そう。


でも、そんなおもしろい言語が母語でよかったな。しかも、それをまったく別の言語を話す人たちに教えるという、おもしろいことをしてるんやなあ。

とか思ったりする。


とはいえ日本語力もまだまだの私。


脳みその中のあれこれを言語化する練習として、

これからもぼちぼちnote書いてくね。



お!今喫茶店でこれを書いてるんやけど、


マスターがお客さんとの会話で今ちょうど


「その日、どーーしても休みが取れなくて。」


って言ったのに、


どうしても反応してしまった!

























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