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夕暮れスペクテット

僕は男三人兄弟の末っ子だ。
兄二人は年子と呼ばれるやつで、学年で言うと長兄とは五つ、次兄とは四つ離れていた。

ほとんど成長に差がない兄二人はよく同じ遊びをしていて、少し離れた僕は仲間に入れてもらえず近くで見ているということは多々あった。

遊びでもゲームでもスポーツでもそうだが、あまりに実力が離れている人とは、一緒にやっていても楽しくない。
だから鬼ごっこでもかくれんぼでも、歳が離れた僕は入れてもらえないか「油虫」と呼ばれる鬼になれない空気のような役割を与えられていた。
仲間に入れてもらいたかった僕はこの「油虫」でも入れてもらえるだけマシだと喜んでいた。
今思えばとても可哀想な子供である。

外でやる遊びだけでなく、弟であることの不遇はテレビゲームにも及んだ。
僕の子供時代というのはファミリコンピュータが全盛期で、中学に入る頃くらいにスーパーファミコンが出た。
その時代に、当時の子供達がほとんど避けて通れなかったゲームがドラゴンクエストとファイナルファンタジーだと思う。

小学校高学年くらいだったろうか、我が家にもドラクエの新作であるドラクエ4がやってきた。
当時ドラクエやFFの新作が出ると学校ではその話で持ちきりになり、自分はどこまで進んだだの、どこどこのボスが強かっただので盛り上がっていた。
ファミコンを持っていなかったり、その新作をやっていない人は会話に参加できず辛い思いをすることとなる。

小車家では僕に与えられた鉄のルールがあった。

「祥は兄二人がクリアするまでドラクエやFFをプレイしてはいけない」

ドラクエ4では冒険の書は三つまで作れるというのにだ。

この時兄二人は中学生で部活をしていたり受験勉強をしていたりで、何もしてない小学生の僕に比べるとファミコンに費やせる時間は少なかった。
兄と同時に僕も始めれば、きっと僕が一番先に進んでしまう。
弟に何かで負けることを忌み嫌っていた兄二人は、そんな理不尽なルールを取り付け、常日頃から絶対服従を強いられていた僕はそのルールに従うしかなかった。
兄二人がプレイするドラクエ4を、ゲーム大好きな僕が指をくわえて見ているしかできないという修行のような日々を送っていたのだった。
唯一の救いは、兄のプレイを見ていたので、学校での会話には参加できたという点くらいだった。

ドラクエ4以外のゲームで遊ぶしかない日々を過ごしていた僕だったが、兄が家にいなかったとある日の夕方に僕はついに禁忌を犯してしまった。
次兄である智(とも)のセーブデータを使い、ゲーム内のカジノで遊ぶというプレイをしたのだ。

ばれるので僕の冒険の書を作ることはできない。
兄の冒険を進めることはできてもセーブはできない。
どうせセーブできないならカジノで遊ぼうと。
ゲーム内のカジノで遊ぶのがどれだけ楽しかったのか今の僕にはもうわからないが、それだけドラクエ4をプレイしたかったのだろう。

僕はカジノでポーカーを楽しんだ後、次は闘技場に向かった。
カジノで遊ぶコインはドラクエ内の通貨であるゴールドで購入できるが、コインを稼いでもゴールドに戻すことはできない代わりに、様々なアイテムや装備と交換することができる。
もっと後に1枚20ゴールドで買えるカジノコインが838861枚買おうとすると4ゴールドで買える裏技が有名になるが、この頃はまだそんな裏技は知られておらずカジノコインの価値は高かった。

闘技場ではモンスター同士が戦い、勝つと思うモンスターにカジノコインを最大50枚まで賭けることができる。
そのモンスターの強さによって倍率が変わる。
見事的中させると、その増えたコインをそのまま次の試合に賭けることができるし、そこでやめることもできる。
この闘技場でのモンスターの組み合わせはそこまで多くなく、体感10〜20くらいの組み合わせの中からどれかが出てくるという感じだった。

その中で、製作側の遊びのような対戦カードが一つあった。

おおめだまA対スペクテットA対スペクテットB対おおめだまB

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通常のカードなら倍率は本命で1.9倍とかで大穴でもせいぜい9.2倍とかそんな感じだったのに、このカードはどのモンスターに賭けても100倍前後の倍率になっている。

こんなの賭け得じゃないか!と思ったそこのデジタルなアナタ、そんなに甘くはない。
このカードは決着が付かずに終わるのだ。

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そう、つまり時間の無駄。
決着の付かない試合に賭けるくらいなら、賭けずに次の試合に移行する。
ダブルアップ中にこのカードが出てきたら賭けないと次の試合にダブルアップの枚数で賭けられないので渋々やるくらいなもんだった。

細かい数字は覚えていないが、僕は前の試合で2.8倍くらいを当てて140枚くらいになったコインをそのままこの決着が付かない試合に賭けた。
どうせ決着が付かないので一番上のおおめだまAに賭ける。

そしてとても驚いたのはこの後、なんと絶対決着が付く事はないと思い込んでいたこの試合に決着が付き、しかも勝ったのはおおめだまAだったのだ。

突然コインが14000枚くらいになり、そこでダブルアップは流石にしなかった。
突然当たったジャックポットに僕は大興奮。
高鳴る心臓の鼓動の中、一つの感情が湧き上がる。

「セ、セーブしたい……」

僕は葛藤した。
もともと兄のデータでは1000枚くらいしかコインを持っていなかった。
これが15000枚くらいになったのだ。
兄も喜んでくれるかもしれない。
いやでもダメだ。兄がいない間に勝手に兄のデータでプレイしていたことを許してもらえるとは思えない。
絶対怒られるに決まっている。

僕は断念して兄が帰ってくる前にリセットボタンを押し、電源を切った。

「ありがとうスペクテット」

僕のおおめだまAと最後まで接戦を繰り広げたスペクテットBに最大の感謝と敬意を表しながら電源を切る。
今ならスマホで写真を撮って思い出として証拠を残せたが、もちろん当時の僕にそんなことはできない。

ほどなくして、次兄である智が帰ってきた。
兄はすぐドラクエ4をプレイするわけでもなく学校帰りに買ってきた週刊少年ジャンプを読んでいた。
せっかく証拠を隠滅して兄にバレずにドラクエ4をプレイするという完全犯罪を遂行したのだから、もう何も言わずになんなら兄の部屋になどいなければよかったのに、同じ部屋にいた僕はずっとそわそわしていた。
放火犯は必ず現場に戻ってくるアレと同じ心理だったのだろう。
兄がドラゴンボールを読み終わり、幽☆遊☆白書に移行するくらいの頃、僕が兄に話しかける。

「智君、あのね」

「なんや」

「いや、なんでもない」

こんなやりとりを数回繰り返すと、兄が僕の様子がおかしいことに気づき、問い詰めてきた。

「なんか言いたいことがあるなら言えよ」

「いや、うん、あのね」

なかなか言えない。
やってはいけないと言われていたことをやったのだ。
そう簡単に言えるわけがなかった。
でもこの秘密を隠し切る勇気もなかったから、言って楽になりたい気持ちもあった。
言いたい。でも言えない。そんな葛藤を繰り返してる僕を兄は執拗に問い詰めてくる。

「祥、お前なんかしたやろ」

「あのね、あのね」

ついに僕もその言葉を口にする。

「ド……ラ……」

僕の口の動きに合わせて兄も一緒に「ド…ラ…」と口を動かしていた顔が今でも忘れられない。

ついには僕の瞳からは涙がボロボロとこぼれていた。
震える声で小学生の僕は続ける。

「ドラクエ4をやった……ごめんなさい」

なんて大袈裟な事なんだと驚くかもしれないし信じられないかもしれないが、当時の小車三兄弟での上下関係は絶対だったので、兄が決めたルールに逆らう事がどれだけ罪深い事か身を持って知っていた僕にとっては泣くほどの事だったのである。

この時、智は僕を責めなかった。
泣きながら告白する僕をさらに強く責める気にはならなかったのだろう。
何より、どちらかというと次兄も長兄の敬(けい)には逆らえない立場であり、下の気持ちも理解できる立場の人間だった。

「カジノで遊んだだけなんやろ? 別にいいぜ」

智は僕を許した。
敬にはドラクエやったことは言わない方がいいと言ってくれた。
一気に胸のつかえが取れた僕は、智にあの話をする。

「でね、闘技場でね……」

おおめだまAに賭けたこと。
あの試合に決着が付いたこと。
僕が賭けたおおめだまAが勝ったこと。
カジノコインが15000枚くらいになったこと。
セーブしなかったこと。
それを全部話した。

「……は?セーブしとけや」

智は怒った。
さっきまで優しかった智は、カジノコイン15000枚を獲得できていたのにフイにした僕を責めた。
元々なかったものだから怒られるとは思っていなかった僕は驚きながらも心にアストロンをかけて耐えるしかなかった。

「決着が付いたってのもどうせ嘘やろ」

もう信じてももらえなかった。
まぁそれは仕方ないかなとも思う。
僕だって後にも先にも、あのカードで決着が付いたのはあの一回しか見たことがない。
僕も子供の頃の記憶で曖昧な部分もあるから、もしかしたら本当は決着など付いていなかったんじゃないかと思って、あのカードに決着が付くことがあるのかを調べたことが数回あるほどだ。
実際、ごく稀に決着が付くことがあるらしい。

長兄の敬には言わない方がいいと、一度は優しくフォローしてくれた次兄の智だったが、おおめだまAが勝ったことを信じもしないのにコインの件で怒ってしまったせいで、智が敬に僕がドラクエ4をやったことをチクった。

兄のルールを破った僕を敬が許すはずがなく、僕は兄二人に大目玉を食らった。

まさに、おおめだまAとおおめだまBだ。

あ、いや、別にこれが言いたかったわけではないんだけどね。

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