[後編]“好きの種”から芽が出たレーベル-岡山県/みんふ-
※前半はこちらです。
「町の中華そば」のような生地
民さん(以下/民)
ここからはインタビュー〈後編〉です。
「みんふ」のデザイナー、岩崎恵子さんが
惚れ込んだ「背景のある手仕事」について
より深く、 おはなしを伺っていきます。
岩崎恵子さん(以下/岩崎)
よろしくお願いします。
わたしが取り組んでいる「みんふ」では
旧式のシャトル織機で織られた
背景のある手仕事をみなさんに紹介したい!
という気持ちで進めていますが、
シャトル織機で織られる生地の背景を
まず、簡単に紹介させてください。
民
お願いします。
八重蔵さんのインタビューでも
いま主流なのは「シャトルレス織機」
というおはなしがありましたね。
岩崎
そうですね。シャトル織機は、
“旧式”織機といまでは呼ばれていますが
18世紀後半、イギリス産業革命の
先駆けにもなった画期的な織機です。
産業革命以前はすべて人の手仕事で
経糸と緯糸を織りあげていましたが
シャトル織機の登場によって
それまでの人の手による手織りと同じ方法で
生地製造を機械化できるようになりました。
民
そんなにも長い歴史をもつ織機なんですね。
岩崎
日本においても、旧式織機は
昭和の半ばごろまでメインで使われていました。
ですが現代では、旧式織機のような
手間も時間もかかる機械より
より高速で精密な生地を織ることができる
コンピュータ制御の織機が主流になっています。
シャトル織機は一部のデニムメーカーをのぞいて
大規模工場では、まず見ることはありません。
逆にいうと、効率よりも風合いを重視する
個人経営の小さな機織り工場には
いまも残っているケースがある、ということです。
民
八重蔵さんのおはなしでも、効率より
「糸にストレスをかけないこと」や
仕上がりの風合いが大事とのことでした。
岩崎
そういう個人経営の生地工場を訪ねて
シャトル織機で織られた多種多様な生地を
これまで実際に手にとって見てきましたが
たとえるなら、シャトル織機が織り出すのは
「地元の店の中華そば」のような
なんの気ないけど、落ち着くものだと
わたしは思うんです。
民
どの町にも一軒はあるような、昭和な雰囲気の
町中華のようなイメージでしょうか。
岩崎
そうですね。そういう地元の店で提供する
「中華そば」ってどこか懐かしい味だったり
するでしょう? それと似ていて、
革新的で機能性の高い生地もいいけど、
身にまとってホッとできる素朴な旧式織機の生地こそ
日々目まぐるしく生活する我々現代人に
必要なものではないかと考えるようになりました。
定番生地こそ、織り続けたい自慢の商品
民
ところで、なぜ「みんふ」では
ねまきをメインに扱うことになったんですか?
岩崎
背景のある手仕事でうまれた生地の
最大の特徴は「テクスチャー」なんですけど、
そのテクスチャーをダイレクトに体感できる
衣類とは何か?というところから逆算してみて
たどりついた答えが「ねまき」でした。
下着も一瞬、考えたんですが
そもそも下着は私の専門外。肌にふれる
面積が小さいし、伸縮性のない生地で
快適なものをつくるのは難しいと感じたので
選択肢からは外しました。
民
生地のテクスチャーを肌でしっかり
感じてもらうためには
確かに、リラックスしたときにまとう
ねまきはぴったりの衣類ですね。
岩崎
そして、ねまきのデザインって
シーズンごとに変わるものではない
というところも重要でした。
ここまで言うべきかわかりませんが
みんふで使う肌ざわりのよい高品質な生地は
生地の単価も高め。そこで採算を合わせるには
デザイン変更が少なくて済むものを、
という計算もあります。
経験上、なるべく同じ形のものを
定期的に生産し続けることが
縫製工場にとってもデザイナー側にとっても
コストダウンにつながることを知っていましたし、
高級な生地のねまきでも、ほしい!と
強く思えば手に入る金額にしたいという気持ちで
ものづくりのプロセスを工夫していきました。
民
みんふのねまきに採用した生地は
どんなものを選んでいるんでしょうか?
岩崎
信頼している工場の「定番商品の生地」です。
さきほど、背景のある手仕事が好きだと
おはなししましたが、わたしが特に好きな領域は
「手紬ぎ」のような作家的な活動ではなく、
個人や家族経営レベルで、流行に影響されることなく
自社の定番生地の品番をもち、
ほそぼそながらも、それを在庫している工場の生地です。
そもそもわたしは、オリジナルの生地を
機屋にオーダーしたことがないんです。
ファッション業界では、一般的には
オリジナル生地をつくって価値を高めている
ブランドが多いです。毎シーズン、
オリジナル生地をつくるところもあります。
でも、機屋さんが自社のリスクで
在庫をもっている「定番生地」こそが
一番自信があって、織り続けたい生地のはず
という考えがあるので、
独立後にわたしが携わった事業では
なるべくそういう生地を買い続けてきました。
民
なるほど。生地工場の「定番生地」を
選ぶことは、彼らが織り続けたい
自慢の商品を紹介することにもなるんですね。
岩崎
そうですね。そのかわり、生地の
「整理加工」という織りっぱなしの原反を
衣服素材にお化粧していく工程では、
機屋にまかせず、できるかぎり自分で
生地を整理工場に持ち込んで
加工方法を細かく指定しています。
一口に「整理加工」といっても
何十というレシピがあり、
それぞれの整理工場に “クセ”もあります。
「この生地はこっちの工場でこういう仕上げに」
という感じで、生地と、加工をお願いする工場、
そして加工方法の組み合わせのセレクトで
仕上がりにオリジナリティを出します。
ちなみに最近、八重蔵さんの生地を扱う
メーカーや手芸屋さんが増えてきましたが
同じ“材料”でも風合いはそれぞれ違うと思います。
民
「織る」の後は、最終的に衣服になるまでに
「加工」の工程があるんですね。
生地が“食材”だとしたら、加工は
それを“下ごしらえ”する工程になるでしょうか。
確かに、食材の切り方ひとつとっても
いろんな方法がありますから、納得です!
衣類の「地産地消」を目指したい
民
みんふというブランド名の由来はなんですか?
岩崎
「民の布」「みんなの布」というワードを
縮めた造語が、みんふです。
かつて旧式織機でつくられていた生地は
日用品としての“ざっくりとした布”でした。
そして、そのような日常使いの布は
使われていくことにより美しさが増していき、
不思議とおおらかな風合いをもつものが多いんです。
実際、八重蔵さんのギャバジンも
数回洗っただけで、くた〜っといい感じに
やわらかくなって着やすくなるんですよね。
使って洗うだけで生地が“育っていく”。
民
デニムでも「育てる」って言いますよね。
そんな感じでしょうか。
岩崎
そうですね。使って育てるねまき、です。
そういった実直さと美しさを備えた
日本各地に残っている滋味深い布たちを
探し出し、アーカイブとしての衣服を
つくってお客さまにお届けしていくのが
「みんふ」の大切なミッションです。
おおらかで美しい布が、せわしない現代生活に
句読点を打つ存在になってくれたら
という想いでプロジェクトに取り組んでいます。
民
最後に、岩崎さんがこれから
取り組んでいきたいことを聞かせてください。
岩崎
わたしの愛する“背景のある手仕事”は
職人さんがいてくれるからこそ、うまれるもの。
その想いから、イワサキケイコキカクの
Webサイトには「職人さんが私の宝」と
自分の手描きコメントをかかげています。
民
職人さんが「宝」。
岩崎
「みんふ」プロジェクトを立ち上げたのも
いま自分が身にまとっている服の向こうにいる
職人の存在を身近に感じてもらいたいからでした。
服の“向こう側”には、糸をつくる者、
生地を織る者、染をほどこす者など
たくさんの職人さんがいることに気づいてほしい。
そして、長い時間をかけて日本独自の進化をとげた
すばらしいテキスタイルをできるかぎり
アーカイブし、多くの人に知ってもらいたい!
という思いを、もう何年も持ち続けています。
「シャトル織機の職人さんが元気なうちに」
「機屋の体力が残っているうちに」
「繊維産地や縫製産地が機能しているうちに」
繊維業界の現状を知れば知るほど
あせる気持ちがつのりますが、
まずは「みんふ」のプロジェクトで
国産の伝統織物を媒介として
新たなクリエイションを生み出したいです。
そして、デザイナーと機屋が一緒になって
“衣類の地産地消”をうたう未来がつくれたら
これほどアツいことはない!ですね。
民
食の地産地消は、ずいぶんと理解が進み
浸透してきたように思いますが
衣類も「地産地消」できるんだ、というのが
今回の岩崎さんへのインタビューで得た
大きな学びでした。ありがとうございました!
使い手による ブランド紹介〈後編〉まとめ
京都のアパレルメーカーで
服作りの知識をもたずに
そのキャリアをスタートした岩崎さん。
〈後編〉では「みんふ」でねまきをつくる理由や
現代の生活に必要な“ホッとできる”国産生地、
そして、思い描いている繊維業界の未来について
おはなししていただきました。
使い続けるうちに美しく、おおらかに育っていく
「みんふ」のねまきの秘密を知ると、
たくさんの職人さんの手がかかって
いま、わたしのところに届いている、という
当たり前のようで、当たり前ではない事実に
あらためて気付かされたのでした。
取材日:2021年5月3日
取材・執筆:杉谷紗香(piknik/民ノ布編集室)
写真:デザイナー提供