そばにいる人の役割

探究型の学びに対して、評価の観点をお話してきました。
学習の最後の評価という位置づけとしては、
呼び方としては「総括的評価」というっ表現になります。

前回の投稿では、最後の評価だけでなく、
途中過程においても後押しができることをお伝えしました。
これも評価の観点で見れば、「形成的評価」と表現できます。

自分の興味関心から動き出し、サイクルを回していく中で、
当然、知識やスキルを本人たちが獲得するために、
それらを指導するような立場の存在が必要かもしれません。
ただし、それ自体は必ずしも人の必要はなく、
書籍だったり、インターネットだったり(信憑性は確認が必要)、
人以外の様々な媒体によって獲得することもできます。

そうすると、探究型の学びにおいて必要となる人は、
その役割は指導者でなくてもいいのかもしれません。

評価のところでお話をしたように、振り返りをサポートしたり、
途中過程で後押しをしたりするような役割であれば、
それは指導ではなく、もっと別の面だと感じられます。

自分のことを振り返られるように、問いかけてあげる人。
その話を聞いてあげられる人。
聞いた内容から、またさらに深掘りできる問いを投げられる人。
答えではなく、自分で自分のことに気づけるように
声をかけてくれる人。
さらに探究を加速してくれるように、導いてくれる人。

伴走者、コーチでしょうか。
促進者、ファシリテーターでしょうか。
管理してくれる人、マネージャーでしょうか。
心の支えになる人、メンターでしょうか。

どれがしっくりくるか。
あるいは、複数の要素か。
ピンポイントに、これ、という役割はないかもしれません。
でも、間違いなく言えることは、
従来のイメージである、授業で一方的に講義をして、
知識を詰め込むような説明だけをしている教師という役割の存在、
だけではないということだと思います。

常に伝えている、バランス。
どれか一つの役割に偏る必要ななさそうです。
今回はあくまでなげかけ。
さて、どんな役割が、探究型の学びにおいて、
必要そうでしょうか。重要そうでしょうか。
少し、皆さんもゆっくり考えてみてはいかがでしょうか。

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