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IPOタイミングの考え方(前編)

Minerva Growth Partnersの投資チームです。noteをご覧いただき、ありがとうございます。
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本記事では、スタートアップが、「IPOのタイミングをどのように考えるべきなのか」について、考察をシェアしていきます。
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はじめに:本記事の目的と想定読者

スタートアップとして事業を伸ばしていく中で、「いつ上場(IPO)をするのが最適か?」という疑問は多くの経営者・CFOの頭を悩ませる大きなテーマです。本記事では、「IPOのタイミングを考えるうえで、なぜ事業規模や時価総額が重要か」を中心に解説します。

想定読者は、スタートアップのCEO/CFOや、IPOを検討中の役員・従業員、ベンチャーキャピタリストを含む投資家の皆さまです。必ずしも金融のプロフェッショナルではない方にも理解いただけるよう、専門用語はできる限り噛み砕いて説明していきます。

なお、記事のボリュームが多いため、以下の3部構成に分けて公開します。

  • 前編(本記事)

    • 第1章「理想的なIPOの定義とタイミングの重要性」

    • 第2章「IPOで目指すべき『事業規模』と『時価総額』」

  • 中編

    • 第3章「事業規模とバリュエーションの関係」

  • 後編

    • 第4章「Stay Private vs Go Public」

    • 最後に「Minerva Growth Partnersのミッション」

それでは「IPOタイミングの考え方」の前編をお楽しみください。


第1章:理想的なIPOの定義とタイミングの重要性

1-1. 理想的なIPOの定義

本noteの議題の共通認識を揃えるために、はじめに理想的なIPOとはなにかを定義します。このトピックだけでも一冊本が書けてしまう程の内容ですが、ここでは簡易的にこのように定義しました。「理想的なIPOとは、適切なバリュエーションで上場し、上場後も事業成長とともに企業価値が持続的に上がり、必要に応じて資本市場を活用できる状態」。これを踏まえた上で、IPOのタイミングを考えるうえで押さえるべきポイントを考えます。

1-2. N期を決める上で最も重視すべきなのは「事業の状態」

理想的なIPOを実現するためには、タイミングが極めて重要です。タイミングと言えば、市況や株式市場の状況が真っ先に頭に浮かぶかもしれませんが、事業そのものの状態も同じかそれ以上に重要です。特に上場というのは、思い立ってすぐにできるものではなく、通常2-3年の準備期間が必要になります。逆に言えば、上場時期(N期)は少なくとも、上場の2-3年前にはおおよそ決める必要があります。2-3年後のマクロ経済や株式市場の状況を正確に予想するのは難しいため、上場時期をいつにするかを決める上では、自社の事業の状況が最も優先されるべき判断基準になるというのは理解頂けるかと思います。では、自社の事業がどのような状態であれば、理想的なIPOを実現できる可能性が高まるのか?様々な論点がありますが、ここからは目指すべき事業規模、時価総額規模の観点から考えてみます。


第2章:IPOで目指すべき「事業規模」と「時価総額」

2-1. なぜ事業規模や時価総額を意識する必要があるのか

スタートアップが上場を考える際、「どの程度の事業規模、時価総額で上場するか」 は非常に重要です。理由はいくつかありますが、一つは、時価総額(厳密にはそれと概ね比例する株式の流動性)によって、機関投資家の投資対象となるかどうかが決まるからです。

機関投資家が重要な理由

  • 株価のフェアバリュー形成に大きな影響力を持つ
    機関投資家は豊富な投資経験や類似比較企業のデータをもとに、株価評価(バリュエーション)を行うため、株価のフェアバリュー形成に大きな役割を果たします。 特に海外機関投資家の投資額は国内の機関・個人投資家に比べて大きく、シグナリング効果も期待でき、取り込みたい投資家です。

  • IPO後の大規模なオファリング(公募増資や売出しなど)には機関投資家の需要が欠かせない 
    大きな金額の増資や売出しを行う場合、マーケットでの需要(買い手)が必要不可欠です。機関投資家が十分に参加してくれることで、これが実現しやすくなります。
    上場の目的の一つとして、機動的な資金調達手法の確保はよく挙げられますが、上場したからといって全ての会社の資金調達手法が広がる訳ではありません。これは、一定規模以上の公募(増資・売出し)を行うには、適切な株価形成がなされていることに加えて、機関投資家からの需要が極めて重要になるためです。

なぜ時価総額と機関投資家が結びつくのか?
機関投資家は「流動性(売買のしやすさ)」をとても重視します。そして、流動性は概ね「時価総額 × 浮動株比率」に比例するため、時価総額がある程度大きくないと、機関投資家は投資対象として検討すらしない場合が多いのです。
東京証券取引所には約4,000社もの企業が上場しており、魅力的な投資先候補が多数存在します。プロの投資家といえどもすべての企業をくまなく調査することは難しく、流動性がなければそもそも投資できないので、どんなに魅力的であっても会社のことを見てももらえないという訳です。

浮動株比率(フロート)とは?
上場株式のうち、市場で流通する可能性の高い株式の割合を指す。大株主(VC、経営陣など)が長期保有している株式は「固定株」とみなされ、浮動株には含まれない。

なぜ機関投資家にとって流動性が大事なのか?
流動性
とは、株式を「売りたい・買いたいタイミングで、スムーズに取引できる度合い」を指します。特に機関投資家は運用資金が大きく、一度に大きな金額の売買を行うことが多いため、以下の理由から流動性を重視します。

ポジション(持ち株)の構築・解消を素早く行うため

  • ポジション構築に時間がかかると市場リスクが高まる
    市場で売買されている株数が少ないと、ポジションを作るまでにかなりの時間が必要になります。
    その間に、市況が変動してしまうと、ターゲットとする株価で買えなくなる可能性が高まります。

  • ポジション解消に時間がかかるとファンド存続リスクに直結
    マーケットが急変した際やファンド側の事情で急いで現金化したい時、売り抜けられないと、ファンドそのものが立ち行かなくなる可能性もあります。

自身の売買で株価を大きく動かさないため

  • 流動性が低いと、少し大きな注文を出すだけで株価が乱高下
    あまり売買されていない銘柄に、大量の売買が一度に入ると、株価が急騰・急落してしまいます。
    結果として、想定していた株価での取引ができなくなってしまいます。

2-2. どれくらいの時価総額が必要なのか

機関投資家は銘柄を選定するときに「日次売買高」(1日あたりの売買代金)をよく見ます。一般的に海外機関投資家の場合は、(最低でも)「日次売買高が5〜10億円以上」 が一つの基準といわれます。

  • 日次売買高を5〜10億円にするには?

    • 全浮動株の内、1日あたり何%の株式が売買されているかを示す、日次売買回転は、東証上場銘柄全体を平均するとおよそ0.5-1%(浮動株比率50%の場合)

    • この回転率を1%と仮定すると、日次売買高を5〜10億円にするには、浮動株時価総額で500〜1,000億円 が必要(5億円 ÷ 1% = 500億円, 10億円 ÷ 1% = 1,000億円)

    • 浮動株比率を50%と仮定すると、会社全体の時価総額で1,000~2,000億円が目安となる

もちろん、これはあくまで一般的な「大手海外機関投資家の視点」であり、実際には投資スタイルや企業の特性によって異なります。しかし、IPO後に安定した株価形成と機動的な資金調達手法の確保を狙うなら、最低でも数百億円以上、できれば1,000億円前後の時価総額を目指すのが理想 といえるでしょう。

2-3. 時価総額の予測は難しいが、“準備” することが重要

最低でも数百億円以上、できれば1,000億円前後の時価総額を目指すのが理想」とは言ったものの、数年後の時価総額を予測すること、特に時価総額を決める代表的な構成要素である「財務数値 × マルチプル」 のマルチプルを数年前から正確に予測するのは非常に難しいのも事実です。現実的なアプローチは、現時点の類似比較企業のマルチプルを参考に、ざっくりと目指す規模感を把握するといったところでしょうか。一方で、2020〜2021年にグロース株で見られたように、一気に相場の状況が変わる可能性も十分にあります。バブルや極端なブルマーケット(強気な市場)に便乗して、高すぎるバリュエーションをつけることのデメリットはもちろんありますが、自社にとって有利な市場環境が訪れた際に 「すぐ上場できる状態」 にしておくメリットも非常に大きいといえます。
冒頭で述べたとおり、IPOには通常 2〜3年の準備期間が必要です。つまり、ブルマーケットが到来してから「今からIPO準備を始めよう」と思い立っても、タイミングが間に合わない可能性が高いということになります。そこで、「ある程度の時期に達したらIPO準備を進め、常に複数の選択肢を整えておく」ことが重要です。難易度は高いですが、具体的には、

  • 未上場のまま資金調達を続ける

  • IPOする

  • M&Aでの売却を検討する

といった複数の戦略的選択肢を同時にテーブルに並べられるよう、早めに体制を整えておくことが良いかもしれません。そうすれば、相場の変化や事業の成長ペースに合わせて “その時点で最適” な道を選ぶことができます。結果的に、企業価値の最大化と長期的な成長を両立できる 理想的な形を追求しやすくなるはずです。

ここまでは、IPOにおける事業規模・時価総額の重要性や目安となる事業規模、時価総額について見てきました。次回の中編(第3章)では、「事業規模とバリュエーションの関係性」「なぜ事業規模に応じてバリュエーションが変わりうるのか」、さらに「成長率と利益率、どちらがより重視されるのか」などのトピックを取り上げていきます。ぜひ引き続きご覧ください。