解剖学教室での出来事
自分は大学卒業後、解剖学の教室に大学院生として進路を決めた。
解剖学実習とはいわゆる、医療の発展の為にご献体下さった方々を、人体解剖をさせてもらう実習である。
大学生3年生の時は実習させてもらう側として授業で参加し、大学院生になってからは、学生の実習の準備、学生の指導をする側として参加させてもらった。
解剖実習の準備
今でこそ、解剖実習の献体の保存は専用の冷蔵庫に一体一体置かれているが、僕が大学院に入学した当初は、地下にある10m四方くらいのホルマリンプールの中に足首にタグがついた献体が並べられていた。
学生の解剖学実習の前になると、そのホルマリンプールの中から、専用のクレーンで一体一体丁寧に吊り上げ、ご遺体を取り出す。そして取り出された献体は、水できれいに洗い流し清拭する。
そんな作業を1日中ひたすらやる。
とにかくホルマリンの刺激的な臭いは独特で一日中ホルマリン臭のなかにいると、完全に臭いの感覚が麻痺してしまう。
綺麗にしたご遺体は、男4人がかりで解剖台に乗せ、専用のエレベーターで学生実習室に運び、実習の始まりを待つのみとなる。ホルマリン固定されたご遺体は本当に重いので、男四人がかりでも大変だったのを思い出す。よくエベレストで登山途中に亡くなった方が高地でそのままにされているのを聞くが、まさにそれである。
解剖実習のあと
解剖実習が終わると、解剖させていただいたご遺体のありとあらゆるものをきちんと収集し、火葬用の棺に入れる。そして霊柩車に乗せて、火葬場に送り出す。この作業も2日がかりで行う。そして、火葬がおわり、御骨になってご遺族のもとにご返還される。
献体してくださった本人の遺志もすごいが、本人の遺志を尊重し解剖学実習に献体下さったご遺族の方の覚悟も本当に頭が上がらない。
大学生の時に実習をしている頃は、実習をさせてもらっている感謝の気持ちしかなかったが、大学院で学生の解剖学実習の準備から、実習終了後から最後までを見届ける立場になると、ご献体下さった方の決意・ご遺族の決意まで分かり、とても重い気持ちになると同時に、絶対に医療に生かさなければならないという気持ちが沸きそれは今でも忘れない。
解剖学実習の意義
近年、海外では解剖学実習が実際のご遺体を使う代わりに、コンピューターに代替してきているところもある。また、お金を払えば気軽に海外の解剖学コースに参加できるツアーもある。
しかしながら、解剖学実習で学ぶのは人体の構造はもちろんであるが、それ以上に、解剖実習の期間中にじっくりと医療人としての心を学ぶのが重要であるということを、大学院の解剖学教室に行き教わった。