足して、混ぜれば良い。
世の中にはシロクロつかないことが多い。たぶん、ほとんどのことがそうだと思う。
もうすぐ小学生になる子供の一言に心が動かされた。いろんな色があるじゃん。みんな色々なことを言ってるじゃん。だったら、全部の色を混ぜてみたら答えがでるよ。
沢山の色を混ぜると、結果としてクロに限りなく近づく。ただ、コントラストの薄い青と赤では綺麗な紫色が現れる。赤とオフホワイトなら優しい桜色が現れる。
前向きな意見であってもシロに近づくことはない。色は混ざると必ずシロから遠ざかる。混ぜた色が正解だとは限らないが、混ぜた結果を想定した会話や議論ができているだろうか。貫くことで折り合いがつかないなら、混ぜてみる。沢山の意見を一度に混ぜるでは無く、少しずつ参加者を増やしながら最適解を導き出す。
国会中継や、討論番組、大人同士の建設的ではない会話は、幼い子供にとって理解し難く、耳にするのも嫌なんだと思う。議論することは大切だが、議論が逆回転し、戻ったり、進んだり、折衷案が早々に出ない大人の会話。
色にして、それを混ぜ、どうなるかを想定しながら会話を進め、混ざりあった色を見て互いに納得できると思える子供の発想は白でもクロでもない。もっとカラフルなイメージなんだと思う。頭の中にあるのは、光の三原色ではなく、色の三原色。
情報に対するリテラシーも、論理性も批判性もバラバラな人が会話をする時、ファシリテーター不在の議論では有効的な手段なのかもしれない。
誰が得するでもない子供の意見は時に大人の持つロジックを超え、ハッとさせられることがある。
大切なのは納得感なのに、誰かが得をしようとする「欲」を排除した意見に心が動いた。
子供との会話は、撮影前に使う抗原検査キットを眺めているときにおきた数分間のコミュニケーションだった。
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