かけがえのない仲間との学び ーMBSR講師養成に参加してー
当センターでは、2021年4月からMBSR講師養成講座を開催しています(2022年10月開講3期はこちらから)。2021年9月に開講した講師養成2期の受講者で、人材開発・組織支援コンサルタント/講師・ファシリテーターの白井剛司さんにお話を伺いました(プロフィール末尾)。
インタビューア 宮本賢也
広告代理店時代、瞑想との出会い
宮本:
これまでの経歴や、マインドフルネスとの出会いを教えていただけますか。
白井:
これまで、29年間、大手の広告代理店に勤務してきました。
最初の13年間は営業職で担当クライアントは大手企業が多いキャリアでした。忙しい組織で仕事をすることも多かったのですが、そのうち、繁忙の負荷だけでなく精神的にバランスを崩していきました。
30代前半の5年くらいの間に異動を数回経験し、最終的に営業現場の一線から引くことになりました。その頃は、いまのように「メンタルヘルス」というような言葉も無い時ですから、精神的に不調になった自分はダメだな、と思う経験もしました。
あとから分かったことなのですが、元々コミュニケーションにも苦手意識があり、また内向的でひとりで考えすぎてしまう傾向があったようで、人の間に立って物事をプロデュースすることが多かった当時の仕事は重荷だったのかも知れません。そこに仕事の量やスピードの速さが加わってくると精神的なストレスも大きかったと記憶しています。
その頃、ある部署に在籍していたとき、上司が人事部門の出身で、会社としてもこれから人材育成を強化するということで、全社的な視点から人材育成に関わってみてはどうか、と勧めていただき、人材育成に関わることになりました。
結果的に、人材育成は自分にとってもピッタリ来る仕事でした。
その分野でオン・ザ・ジョブ・トレーニング(OJT)についての本も書きました。当時の育成の考え方は情緒的、あるいはモチベーション喚起などの精神面を扱う内容が多かった印象でした。立場のフラット化が進行していて価値観も多様化し始めた当時の環境でそのやり方は少し時代遅れに感じました。そういったシーンに対して、フレームワークや理論を使って、「考え方の異なる他者」に対して出来るだけロジカルで合理的な指導を伝えたいというアプローチで書いた本(「自分ごと」だと人は育つ 「任せて・見る」「任せ・きる」の新入社員OJT, 日本経済新聞出版)で、人事や人材開発の業界の関係者からは評価も頂きました。が、同時に、やはりその指導の先には理屈だけではない関係性や心の部分が大事だということも感じました。
そうして、当時の言葉では「心を鍛える」というキーワードが思い浮かんでそのために何がよいか探してたとき、ダライ・ラマの本に出会い、瞑想を始めることにしました。
先にお話したように、悩みを抱えがちな性格で精神面の弱さを感じていたので「心を鍛える=瞑想」に対する期待は大きいものでした。
宮本:
最初はどのような瞑想から行ったのでしょうか。
白井:
2014年から、S.N..ゴエンカ式の瞑想(ヴィパッサナー瞑想;観察瞑想)に通い出し、深く練習を行うようになりました。
瞑想は自分の日常生活や、仕事の上でとても助けになりました。その助けもあり、仕事の方も順調にキャリアを積んでいくことができました。徐々に社内だけではなく社外でも人材育成をする機会も増え、いつかは瞑想をビジネスパーソンに伝えていきたいと思うようになりました。
2017年からは、オンラインで瞑想についてのコミュニティを運営し始めたり、2年ほど前からは社内でマインドフルネスのセミナーを行い、多くの人に興味を持ってもらうようになりました。
いまでも定期的にオンラインでの瞑想会を行っています。
マインドフルネスストレス低減法(MBSR)との出会い
宮本:
長くヴィッパッサナー瞑想に取り組まれている中で、マインドフルネスストレス低減法(MBSR)についてはどのように捉えられていますか?
白井:
自分にとって、これまで長くやってきたゴエンカ式の瞑想はとてもインパクトの大きいものでした。一方で、普通のビジネスパーソンが10日間のコースに参加することは物理的に難しい事もあり、一般の方々を瞑想につなぐための橋渡しの部分が何かあればと考えていました。
そうして、MBSRに出会いました。MBSRは、2時間半を毎週継続して行っていくため、普段仕事をしている人も参加しやすく、またプログラムの中に日常生活への橋渡しとなる実践や対話などが含まれているため、より日常へ繋げやすいプログラムだと感じました。
ヴィパッサナー瞑想(→ボディスキャン)もMBSRの中心となる瞑想の一つになっていて、私には入りやすく、かつ日常生活で活かすと言う考え方が明確でプログラム自体の完成度の高さを感じました。
丁度、つい最近、MBSR講師養成講座の中で、MBSRの核心であるストレスへの対処について学びました。ヴィッパサナー瞑想も、MBSRも、生きていく上で避けられない「苦しさ(=ストレス)」にどう関わるかを学ぶ、という点では、やはりその本質は共通なのだと思いました。
かけがえのない仲間との学び ー マインドフルネスを日常に活かす
宮本:
2021年9月のモジュール1から、22年4月のモジュール4までが終了し、トレーニングも半ばあたりまで来ました。ここまでのところ、どのように感じていますか。
白井:
最初は、瞑想の指導を出来るようになりたい、というのが参加した動機だったのですが、いまは、よりマインドフルネス全体を伝えたい、と思うようになりました。クッションに座って瞑想している時間だけでなく、その実践を如何に日常に展開していくかが大事なことだと思っています。最初の頃は、自分の中で、瞑想と日常を切り離していたところがあり、それをしっかりと繋げていくことが大事だと改めて感じました。
そして、このトレーニングの中では、トレーナーとして関わってくださる講師の方の存在も大きいものだと感じています。マインドフルネスを体現している存在して、自分にとっての進むべき方向性を示してくれているように感じます。そらに、事務局のサポートも先生方と同様で理解の助けになっています。
そして、何より、ピアグループ(※4人一組の継続してサポートし合うグループ)の存在はとても大きいものです。私のグループは、企業出身の私に、心理士、ヨーガの先生、サロンの運営をされていたりがん患者さんのサポートをされている方などのグループで、様々なバックグラウンドのメンバーで、毎週に近いくらい集まっています。ただ、頑張りすぎるときつくなるので、皆の話し合いの中から適度にお休みを挟むなど工夫して緩めるところは緩めながら、バランスを取って、また楽しむことも大事に、一緒に学んでいます。
ピアグループのメンバーと話をする中で、マインドフルネスが日常生活に生きていることがわかり、そのことは先程言った、瞑想を日常に活かすことが大事さを気づかせてくれた一つの要因でもあります。
私は、瞑想を「ストレスのコーピング」に使っていたところがあったようです。どういうことかというと、瞑想が上達すると、まず、ストレスや身体の緊張、睡眠の不足への対処や回復が上手になりました。それによって仕事をするキャパシティが増え、仕事を増やし、そしてそこで生じたストレスに対処し、またキャパシティを増やす、ということを繰り返していました。たしかに仕事の能力は向上していたのですが、やればやるほど大きな敵と出会う、というような感覚がありました。
「瞑想の効果を量で追ってはいけない」ということを聞いたとき、自分に起きていることがわかりました。そうして、量ではなく、瞑想により質の転換が起こることが大事だということに思い当たりました。
宮本:
質の転換というのはどういうことでしょうか。
白井:
このことは頭ではわかっていたのですが、先日のモジュールでストレスの悪循環の図をみて話をしている内に、すっと体験的に理解できたように思いました。
質の転換が起きた状態というのは、本人としてキャパシティやリソースとしては持っているのだけれど、次から次に埋めるのではなく、余白がある状態で、自分がやりたいことにできるだけ集中して行い、それによって成果も上がっていくという状態だと思います。
自分の身体がやりたい、という気持ちで物事に取り組む。
これは自分で体験して感じたことに基づいてよく例えに出すのですが、「馬とそれに乗っている人間」の関係で説明してみます。私たちは、馬(≒身体と心・感情)が疲れ切っているのに、乗り手(≒思考としての自分)が無理やりムチをうって走らせるようなことをしていることがあります。そうではなくて、疲れた馬を休めたり、また馬が元気で、走りたいと思う状態を、人間のほうが感じて、気持ちよく一緒に走っていく、そういう状態を作ることができればベストなのだと思います。
まず、自らの状態に気づく
宮本:
そのような状態になるために、マインドフルネスはどのような助けになりそうでしょうか?
白井:
それは、まずは自分の状態に気づく、ということだと思います。馬が疲れているならその疲れている状態に気づく。私たちは、馬がくたびれ果ててしまってからようやく気づく、ということをしています。頭が先行して、覚醒度が上がり、どっと疲れて働きが落ちて、そしてまたそれを取り戻すかのように一所懸命働き、適度な状態を超えて覚醒度が上がり、また落ちるということを繰り返します。先程お話したように、乗り手が馬の状態に気づいて、楽しく走る、休みたければ休ませる、そういうことが必要だと思います。
また、瞑想は、創造性にも関わっているのではないかと思います。創造性にも様々な側面があると思います。マインドフルネスには「評価判断せずに物事をありのままに見る」という説明がなされることがありますが、その応用かもしれません。思考に制約をかけていることに気づいて枠組みから自由になったり、また組織や社会などで一般的とされているような前提を一度疑ってみて一旦外してニュートラルな目で見ることで、多くの人が気づかないことに気づく、という体験を私自身もしてきました。
例えば、最近の多くの企業の文脈で「マネージャー/リーダーはこうあるべきだ(急速に進む環境変化によって生じてきている複数の社内イシューに対応できるべき)」ということを考えるのが今は一般的なのかもしれません。ですが、自分としてこの状況をニュートラルな観点からみたときに全く違った見え方、つまり現状をありのままに見た時の気づきを経て、「多忙なマネージャー/リーダーの負荷が軽減されるためにはどのようなことが必要か?」と考える傾向があります。セオリーや正攻法からと言うのではなく、フラットにみて自分としてどう感じるか?から課題を見ていくアプローチだと思っています。発想力と言うより、洞察力による創造性かもしれません。
最適解の見つけづらい時代にマインドフルネスがどう助けになるのか
宮本:
今の時代をどのように考えていらっしゃいますか。
白井:
今の時代は全てのビジネスパーソンにとって、大変な時代だと思います。
昔は、短期的な業績を上げ、部下の育成をし、キャリアを積んでいくというように、同じ方向に力を入れていけばよかったのが、効率性と複雑性が同時に高まっている時代の中で人員削減や働き方改革、コンプライアンスなど、異なる方向の矢印が同じ人に向かってくるようになり、複数の方向からの要請にバランス良く答えていく必要があります。
それを行っていく一つの鍵は、やはり自分の状態を知る、相手のことを知る、ということだと思います。
以前本を書いたときは、OJTとして、仕事を如何に伝えていくか、ということがメインでしたが、いまはそれに加え、その前提としてどのようなチーム/関係性にしていくか、そして、さらにはその関係性の前提として個々人がどう環境の変化に心の柔軟性を持っていかに対応していくか、ということが大事になってきていると思います。
そして自分が変わるためには、「わかっちゃいるけど変えられない」といった状態を日常的に気づいてクリアする必要があり、そのためにはマインドフルネスが大きな助けになるのではないかと考えています。つまりマインドフルネスはビジネス現場においては、「これからのリーダーにとってのセルフ・マネジメントの体系・実践の一つ」として捉えて可能性を感じて伝えています。
そして、「人間中心の仕事の仕方」とは何なのか、ということを今後の大きなテーマとして、マインドフルネスの視点も採り入れていきながら考えていきたいと思っています
仲間とともに本当のマインドフルネスを理解していく期間としてのMBSR講師養成プログラム
宮本:
白井さんにとって、MBSRとは何でしょうか?またMBSR講師養成講座はどのようなものでしょうか?
白井:
まず,MBSRが、ビジネスパーソンにとって、瞑想に触れる入口になり、そこで、自分自身のために、自分を大事にしてあげる時間をとる、その機会になればと思っています。
そして、MBSR講師養成トレーニングは、私にとって、仲間とともに本当のマインドフルネスを理解していく期間である、と思っています。
このトレーニングに参加して、自分は、瞑想やマインドフルネスについて様々な誤解をしていたことに気づきました。言葉では定義するのは難しいのですが、それを体験的に理解していっています。
今、「本当のマインドフルネス」と表現しましたが、決してMBSRだけが真のマインドフルネスだ、と言うことではなく、マインドフルネスを理解して人に伝えるには一定の時間や経験、それを支える良質な場が必要だということです。マインドフルネスということを本当に理解して多くの人に伝えていくには、これだけの期間のトレーニングそして指導や仲間との実践経験を通じた対話や切磋琢磨が必要だと感じますし、しっかり理解するには難しい概念だなとも感じています。
宮本:
これまでのヴィッパッサナー瞑想の実践に加え、MBSRという少し違う角度から実践、トレーニングをされたことによって、より広がりや深みのある体験をされているのではないかとお聞きしました。
白井さんを始めとする2期の皆さまは、この11月以降は、実際にMBSR8週間コースを教えていただくフェーズに入ってきます。引き続き、楽しみながら、グループの仲間やご自身での実践を継続いただければと思います。本日はありがとうございました。
白井剛司さんプロフィール:
1993 年に広告会社に入社後、約10年間営業に従事、2005 年から2022年3月まで人材開組織にてマネージャー支援、組織開発、キャリア開発、若手社員育成などを担当してきた。2021−2022年はHRBP(事業部人事)として現場組織に籍を置きながら人材開発、組織開発、キャリア支援に取り組む。2007 年〜2019年まで新入社員OJT担当として、育成者であるトレーナーに向き合い、プログラムの開発と推進を中心となって担当。共著書に、新入社員OJTの取り組みをまとめた『「自分ごと」だと人は育つ(博報堂大学[ 編])』(日本経済新聞出版社;日本の人事部主催「HRアワード2014年度書籍部門最優秀賞受賞)がある。 2022年4月からフリーランスで人材育成・組織開発を中心に活動をスタート。マインドフルネス(リーダーとしての心のトレーニング、セルフマネジメント)、対話・関係の質向上、マネージャー支援や組織の活性化を主な領域として活動していく。
2022年10月開講 第3期 はこちらより
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無料オリエンテーション開催 6月27日(日)19:30-21:30