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【TOPIC】学校教育におけるヨガの可能性

ヨガの授業で学校教育(高等学校)に3年関わって
改めてヨガを授業に入れてもらうことができて
本当に良かったなーと思うこと
そして、だからこそ!学校にヨガが継続的に取り入れてもらえると
いいなと思うことを実際の授業の事例とともにお伝えします。


良い、悪いの判断基準が2択じゃない世界

私が子どもの頃と何も変わっていないな、と
思うのは、成績という評価基準で学生を判断する場が
学校となってしまっていること。

それは学生も当たり前になっていて
学生は成績が良くなるかどうか
単位がもらえるかどうか
という2択で授業、テストを受ける傾向にどうしてもなります。
興味とは?意欲とは?

ヨガの授業でいえば
ポーズができる、できないで評価されると思ってしまうと思う。
そしてそれは大人にも言えること。
できるようになることを目的にし過ぎてしまうのは
日本人の心の奥深くから根付いている価値観の一つだと思う。


判断基準を超えた先にあるもの

・〇〇していなければいけない
・〇〇できたら私はすごい、評価される
・〇〇しないと怒られる、ダメなんだ

みたいな、ゼロか100かで
物事を捉える価値観は後々自分を苦しめる。

きっとこれを読んでくれている大人の中で
「学校では良しとされたこと、評価されたことが
社会では通用しない」

ってことを経験したことない人は、いないと思う。

引用したブログの記事にも書いたけれど
・痩せているから美しい
・お金があるから幸せ
・アーサナ(ポーズ)ができるからヨガができる

という条件付きの美しさ、幸せ、楽しさではなく

・太っていても痩せていても私は美しい
・お金があってもなくても豊かに過ごせて幸せ
・アーサナができてもできなくてもヨガが楽しい、気持ちいい

という価値観の変化、心の成長を学生には経験してほしい。

だって
「英語で100点取れるけど、(間違えるのが怖くて)
海外で英語で会話できない」
よりも
「英語の点数めちゃくちゃ低いけど
海外に行ったらジェスチャー含めて何とか伝わって
友達たくさん増えてめっちゃ世界が広がった!」
この2択ならどちらが、人生楽しめそうですか?って話。


ヨガは何のためにするのか

この記事にも書きましたが
ヨガはポーズができるできないではなく

YOGAS CHITTA VRITTI NIROGAHA.
心の作用を止滅することが、ヨーガである。

著者スワミ・サッチダーナンダ,『インテグラル・ヨーガ』,めるくまーる出版,1989年

ヨーガの教えは、自分自身にくつろぐ実践とも言われます。

著者谷戸康洋,『Introduction to Veda』,2020年4月4日発行

ここが目的です。(詳しくは過去のブログへ)

ここからがヨガを学校で教える難しさに繋がるのですが
ヨガは〇〇ヨガというようないわゆる流派が存在し
(お花でも書道でもありますよね。)
アーサナに対する考え方、正しいとされるものが異なります。

でも!目的はアーサナを取ることが目的ではなく
自分自身に安心する、くつろぐこと
そしてさらに言えばヨガは幸せになるためのツールなので

自分が気持ちいいところ、快適に呼吸ができるところに
体を持っていければいいのです。

いいとか悪いとか超えているからこそ、
今の自分にとって何がいいか、どうしたらいいかが
わかることがとてもいい。

この評価される自分になるのではなく
自分でありながら選択できる自分になっていくことが
今後の人生でより自分を幸せにできる最初のSTEP。
これがやっぱり「生き抜く力」に繋がってくると思う。

でも、これをヨガのアーサナをする
いわゆる実技の授業の中で話たり言ったりすると
結構グダっとします。(苦笑い)

では授業で実際にどう教えるのか。
どう伝えているのか。

座学も交えて伝えた中で
学生が書いてくれた感想を見て
心の成長ってこういうことだよなーと
これを評価できることが教育として存在してほしい
と思っています。

ここから先の有料記事では
50分授業2~3回分の授業内容例とレジュメプリント2枚が
含まれています。
・ヨガを学校の授業で取り入れたい方
・いつか学校でヨガを教えてみたい方
・子どもにヨガをしてみてほしい、魅力を伝えたい方
 考える力、きっかけを与えたい方
にとてもお勧めです。

<Contact>
Mindfulness Education Lab 事務局
ご質問、ご要望などメールにてご連絡をお待ちしております。
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