サレ妻・アグレ妻 1
サレ妻がアグレ妻へと豹変するとき。アグレ妻とはアグレッシブな妻。これは怒り狂ったサレ妻が、夫をとことん追い詰めるアグレ妻となった、10年にわたる話である。
本当に男はしょうもない。あるいはつくづくバカだと思う。ま、私の元旦だけかもしれないけれど。もとい、元旦那。これは一見穏やかで、好人物に見える元ダンがしでかした浮気と 彼が作り上げた虚像の実話。
大体元ダンは医者の家庭のひとりっ子で、かなり甘やかされて育っている。そこに母親も元ダンも気づけなかったところが、彼の人生における大きな誤りであった。
私立の医学部に行って、
いや今思うと、ひょっとしたら 裏口だったのかもしれない。(そう思う理由は後ほど)
地方から東京に出て来て有名私立大医学部を卒業。地元で開業していた父親は鼻高々であった。夫が崩壊するまでは。
さて私が何か怪しいなと思ったのは、結婚7年目。二人の子どもはまだ幼稚園だった頃のことである。
私が特別に鋭い感覚を持っているのか、あるいは女性は生来的に男とは違う感受性を持っているのかわからないが、
私は元ダンの浮気にすぐ気が付いた。
元ダンとの間で何か、薄紙のようなかすかな距離感が漂ったのである。言葉で表すには難しいが、なんとなくよそよそしいような、なんとなくこちらを見ていないような、小さな小さな違和感である。
それよりも先だって、お風呂場や洗面所で私は、妙な癖のついた髪の毛を見つけていた。
それが女性のものだったのか と想像した人には、夫の浮気は見つけられない。
物事はそんなに単純ではない。
その髪は先端だけが妙に角ばった折れ方をしていたのだ。別にわざわざ髪を探すようなめんどくさいことを私はしない。ただ落ちていた髪をたまたま見つけて、気づいただけである。その髪の先っちょの角ばった角度がどれも同じであることを。
それが何かすぐ分かったあなた、
増毛していますね。
そうである。元夫は増毛していた。つまり先っちょ、と思っていた毛の折れは根元で、それは元ある毛に結び付けた後なのである。
私には衝撃であった。夫が増毛していることも、それを私に隠している事も。
元ダンの父親はつるっぱげで、かつらをつけている。しかしあけっぴろげで、夫の実家に泊まりに行ったある日、お風呂場にカツラが無造作に置かれてあった。
あれは、結構な値段したのよ。
義母が言っていた。
だから、そんなものだと思っていたのである。
人の気持ちを考えないその義理の母が、元ダンが座っている後ろをとおりかかって、
あんたも、ここ薄くなってきたわね
そう言って、元夫の頭のてっぺんをトントンと叩いたことがあった。
それが増毛のきっかけになったのかもしれないが、
しかし元ダンには増毛しなければならないもっと大きな理由があった。
女を作った彼は
自分の年齢を7歳もサバ読んでいたのである。
妙な髪の毛が見つかって程ないころ、同じマンションに住んでいる友人が私に、眉毛の眉墨ペンシルを持ってきた。駐車場のうちのコベンツちゃんの横に落ちているのを見つけて、てっきり私が落としたのだと思ったのである。ありがとうと言って受け取ったが、それは私のものではなかった。
ここで、なるほど、それは元ダンの女が落としたものだったのか、あるいはわざとに?と思ったあなた、お昼のドラマの見過ぎである。
それは夫のものだったのである。
薄紙のような違和感は、夫が度々夜遅くなることでしっかりとした厚紙となっていく。会合があって食事をしてくると言っていたが、何か妙である。診療が終わったそんな遅い時間に何の会合?
そして、向かいに住む、夫を生まれた時から知っている電気屋さんが、夫が購入したというポケベルを持ってきたのは、夫にとって致命的であった。スマホなんてない20年前の話である。
これで事は確定した、と私は思った。私と夫の間には、厚紙どころかきっぱりと鉄のカーテンが下ろされた。
しかし私の心情は実際のところ、こんな文章にできるような穏やかなものではなかった。
体中の血液がどっと逆流し、
心臓はいまだかつてないスピードで鼓動を打った。
私はとにかくこの疑惑を確かめたかった。もちろん当時は私もまだうぶで、信じたくない気持ちが大きかったのである。
言っておくが、離婚したくない人、夫を愛している人は、夫の持ち物を詮索するようなことを、絶対にしてはいけない。あなたが見たくないものがそこからポロポロ出てくる。その確率は少なめに見積もって99.7%である。
私は綿密な計画を立てて、夫の診療所に忍び込むことにした。
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