突然の来客 春
ドンッ!ドンッ!ドンッ!
強いノックの音で目が覚めて、春の暖かな微睡みから復帰する。しかし、二日酔いで寝不足の思考はまだ追い付いていないので、何が起こっているのか理解は出来ていない。
時計を見る。
時刻はまだ7時10分。てっきりまた寝坊してしまったのかと内心焦っていたのだがそういう訳ではないらしい。まだ出勤までは随分余裕がある。
では一体誰が戸を叩いたのだろう。
幸い今朝は春特有の急な冷えはなく、布団からは容易に脱出できた。ぼさぼさの寝癖を軽く押さえながら玄関へと向かう。
一応扉の魚眼を覗いてみたのだが、レンズの向こう側には誰の姿も発見できなかった。
「いたずらか?」
薄々分かってはいるが、持病持ちの来訪者が通路の少し先で苦しんで倒れている、なんてこともあるかもしれない。
恐る恐る扉を開ける。その瞬間、強い風が一吹き部屋を駆け抜けて、中の方で空き缶が倒れる音がした。
「うっ、なんだよこの風」
首を出して覗いてみたが、通路にはやはり人影はなかった。思えばインターホンは鳴っていないのだ。ノックの音は気のせいか。
鍵をかけて部屋の中に戻ると、昨日飲んだ空き缶が床に転がっていた。昨日は仕事がうまくいかなくて、つい自棄になって飲み過ぎてしまった。
余計なことを思い出したものだ。
自分にまとわりつく嫌な気配を洗い流したくてシャワーに入ろうとした時、今度ははっきりと聞こえた。
ドンッ!ドンッ!ガタッ!
てっきり玄関の戸を叩く音だと思っていたその音は、ベッドの上にある窓を揺らす音だった。
ガタッ!ガタッ!ガタッ!
音は止まない。カーテンに隠れて見えないが、窓の向こうで誰かが呼んでいる。
ガタッ!ガタッ!!
俺はベッドに膝立てをして、唾をのみ込んでからカーテンと窓を一気に開いた。
ヒュウウッ!!
窓の向こうからは、春の生暖かい風が吹き込んだ。
同時に聞こえた。「驚かせてごめんね」
さっきの玄関の時よりも風が少し優しかったような気もするが、きっとこれも気のせいだろう。
でも今の風はきっと、空き缶と一緒に、俺に被さった嫌な物も吹き飛ばしてくれた。
「あっ」そういえば。
今日は缶とペットボトルのごみの日か。
春一番が来てくれなかったら忘れるところだった。