自分を着飾るということは、自分らしく在るということ
髪を切って一夜明け。
鏡の中の自分はびっくりするくらい髪が短かった。ボーイッシュという単語がよく似合う。耳は完全に見え、首元はスースーする。
たまには着飾ろうかな。
普段は、演奏会の時くらいしかアクセサリーをつけない。髪を切ったことで気分が高揚したのか、着飾ってみたくなった。少し調子に乗っているのかもしれない。いい感じのイヤリングかイヤーカフが欲しくなった。
善は急げとちょっと離れたショッピングモールへ連れて行ってもらうことにした。
ショッピングモールでは、なんだかイベントもやっているみたいだ。開店前なのに人がたくさんいる。賑やかな太鼓の音に背中を押されながら、店内に入った。歩を進める。そして、そのままアクセサリーショップに吸い込まれていった。
イヤリングもイヤーカフも長時間つけていると、どうしても耳が痛くなってしまう。とても1日つけていられない。
このショップには、“痛くないイヤリング”というものがあるらしく、それを見に来た。
壁一面に華やかなアクセサリーが並んでいた。なんだか、クラクラする。私にとっては眩しい世界だった。
普段、あまり着飾ることをしない。
無意識に、自分なんかが着飾っても仕方ないと思っているのかもしれなかった。
自信ありげに振る舞うのが得意で、心の底では自信がなかった。着飾ることの本当の意味をわかっていなかったのだと思う。
でも、自分がしたい髪型にして、なんとなく自信になったのだろう。
だから、今日ここに来た。
大きくて揺れるようなイヤリングも好きだし、小さめのピアスみたいなイヤリングも好きだ。
髪が長かった頃は、大きめの装飾を選ばないと目立たなかった。
今なら、何を選んでも映えるはず。
売り場をウロウロと彷徨う姿は、少し不審者のよう。たくさん迷って、ようやくひとつに決めた。
これにしよう。
小さめのシンプルなイヤリングを手に取った。シルバーが綺麗に光っている。
その輝きが愛おしく見えた。
購入し、店のすぐそばの椅子に座る。そこでイヤリングをつけてみた。
全然痛みを感じずに、ほっとする。
イヤリングを着けた自分を手鏡で見た。
なんか、ヤンキーみたい。
赤色のベリーショートに小さめのイヤリングは、カッコ良い。それと同時に、コワモテ風だった。いつものふわふわと柔らかい女性的な自分とは全然違った。
それが新鮮でなんだか面白かった。
こんな自分でもいいかもしれない。
女性らしくなくても、可愛くなくても、私が私でいることができるのなら充分だ。
心が少しだけ前を向いた。
それがほんの少しだけ幸せだった。