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20年ステージに立つ私に見える世界は感情が飛び立っていた


「趣味はなんですか?」


いろんな場面で訊かれる度に、何と答えようかなぁと考える。
読書も好きだし、宝塚の観劇も好き。
野球観戦も好き。神社を巡るのだって。
海を眺めるのも好きだなぁ。

でも、やっぱり。
私がやっていて1番楽しいこと。
それは“合唱”なんだろうなって思う。



歌うなら、1人で歌っても楽しい。
ヒトカラで何時間も歌うなんてご愛嬌。

それでも、敢えて他人と合わせることに意味があるのだろうなって思う。


練習の時は、気にする要素が多すぎて、いっぱいいっぱいになることが多い。
音程も、言葉も、発声も、呼吸も、すべてに気を遣わなくてはいけない。
合唱ってマルチタスクだ。
脳も身体も全部使って表現をする。

恩師は、「賢くないと合唱できないよ。」って言っていたけど、今ならなんとなく理解できる。
全部を同時進行しないと、全然上手く歌えない。

でも

上手く歌えた時って心地いい。
身体から声が自然と離れていく。
身体の近くで声が鳴るんじゃなくて、遠いどこかで鳴っている。
遠くへ届いているような感覚になる。
そして、実は自分の声ってあんまり聴こえない。

最初は、自分の声が聴こえないことが不安で仕方なかった。
けど、そういう歌声の方が綺麗だ。
澄んだ鈴みたいな音がする。
とっても好き。

その声が集まって、ハーモニーを奏でるとすんごい素敵だ。
遠くで響きあって、ひとつになって、空間を震わせる。
音の粒に自分たちが包まれる。
あぁ、合唱してるなって思う。

曲によっては、とんでもない不協和音を奏でたりもする。
殺伐としたぶつかりあった音。
不協和音の音はぶつけるためにある、なんて物騒な思想もある。
それは間違ってはない。
ぶつかり合うことでしか表せない葛藤がある。
そこから、音が融合する和音へ移動する時、安息を覚える。

心のつかえがとれるような感覚。
心が解放されるような感覚。
祈りのような感覚。
どれも得難い感覚をくれる。


音を届けるのと同じくらい言葉を届けるのも大事だ。
言葉にしかないパワーがある。
そこに音がくっついて、ニュアンスができる。
日本語はどうしてこんなに難しいんだろう。
日本語を日本語らしく歌うのってとても難しい。

そのあとがある
大切なひとを失ったあと
もうあとはないと思ったあと
すべて終わったと知ったあとにも
終わらないそのあとがある

そのあと/谷川俊太郎

「あと」は全部ひらがなで書かれている。
きっと、漢字に直すとこうなる。

その跡がある
大切なひとを失った痕
もう痕はないと思った後
すべて終わったと知った後にも
終わらないその跡がある

感性で直す

声には漢字は表れない。
カタカナも。ひらがなも。

その中で、どうしてこの表記なのか。
どうしてこの単語を選んだのか。
考えながら、歌っていく。
歌詞を伝えるために。
曲に込められた想いを伝えるために。

解釈なんていくらあったっていい。
歌い手の数だけ、曲の解釈はある。
解釈を統一した演奏は窮屈だ。
そんな閉じ込められた演奏はつまらない。

歌い手、一人ひとりがのびやかに歌うこと。
それぞれが解釈をもち、たくさんの想いがひとつになる様こそが合唱だなぁと思う。



合唱には、女声合唱、男声合唱、混声合唱などの種類がある。
私が携わっているのは主に混声合唱。
男女の声が入り混じる。

澄んだ高音を飛ばすソプラノ。
豊かな中低音を鳴らすアルト。
元気いっぱいに叫ぶテノール。
どっしりと構えるベース。

それぞれの声がエネルギーと共に部屋いっぱいに溢れる。
満ち溢れたエネルギーは部屋を循環していく。
とても心地よい。
練習で使っているコミュニティセンターが狭く感じるくらいだ。


ホールだと全然違う。
エネルギーが溢れるというよりは、会場にエネルギーが浸透していく。
歌声が客席を覆い尽くす。

ステージ上は緊張感に包まれる。
胸が高鳴り、喉は乾く。


「練習の時は誰よりも下手くそだと思え。
そして、本番は誰よりも上手いと自信をもって歌え。」


恩師の言葉を携えていつもステージに上がる。

ステージに上がれば、演者でしかない。
心臓の鼓動はより大きくなる。
だけど、前に立つ指揮者と目が合うと自然とおさまった。
信頼の証だ。

私たちは、その時の力を振り絞って、全力で表現する。
メンバーで息を揃え、自分の中の感情を曝け出す。
声は自分たちの5m先くらいで絡み合い、ハーモニーをつくる。
そして、客席に降り注ぐ。
あの時間は至福で、自分が生きていることを実感させてくれる。

客席に意識を向ける。
お客さんの顔、実はよく見えている。
その人たちに伝わるように。
音を奏でていく。
合唱団も1つになるが、客席も1つになる。
想いがとどいたかどうかは、雰囲気と表情でよくわかった。

音楽はナマモノで、同じモノは絶対につくれない。
だから、ステージで歌うことは一番かけがえのない時間なのかもしれない。

合唱をしている時は、感情が自由になる。
何にも縛られない。
その時間がとても尊い。

20年、ステージに立つ私は胸を張ってこれだけは言える。

合唱大好き。





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