彼女の存在証明
ずっと、そばにいた。
世間では勇者と呼ばれる男と
世間では国の姫と呼ばれる女。
たくさんの時間をかけて、2人は旅をした。
ある時は、火を吹くドラゴンを倒した。
勇者の剣を探しにダンジョンを探索した。
まだ、誰も見た事のない宝を探しに
星が降る夜の中を歩いていった。
2人でいれば何も怖くなかった。
だが、一向に目的のモノは見つからなかった。
姫にはある呪いがかかっていたのだ。
眠りの呪い。
夜、就寝し朝、起床する。
それが普通のはずなのに、ある日突然目覚めなくなる。
生命に危害が及ぶ。
誰にかけられたかわからない眠りの呪いだった。
呪いを解呪するため。
彼らは世界を旅していた。
「私、その時がいつ来てもいいようにしているの。」
姫は一冊の本を見せる。
「私がいつか目覚めなくなっても、書き記しておけば忘れないでしょ?」
「そんなことしなくても俺は忘れない!!」
勇者は叫ぶように告げる。
彼女は困ったように笑いながら、
「これはね、私の存在証明なの。」
そう言いながら本を抱きしめる。
「このページ……1枚1枚に書かれたものは、私が感じてきたものよ。
それを後世に残したい。私の生きた証として。」
彼女が前を向いていることはわかっていた。
それでも、彼は夜眠るときは必ずそばにいた。
明日には会えないかもしれない。
もう、話すことも。歩くこと。
想像するだけで胸がヒヤリとする。
そんな日は来させない。
勇者は彼女の寝顔をそっと撫でた。
だが、しかし。
ついにその時が来てしまった。
よく晴れた秋の香りが立ちこめる朝だった。
「姫……?」
まさか。
「姫!!」
勇者は姫の身体に触れた。
反応は何一つ返ってこなかった。
「なんでっ……どっ……してっ……」
どうして彼女なんだ。
どうしてこんなに早く。
どうして。
どうして。
呆然と立ちすくむ勇者は、彼女の枕元にある本に気付いた。
そっと、手に取る。
「私の存在証明なの。」
彼女の言葉が蘇る。
そうだ。彼女は確かに存在した。
そして、これからもこの紙の上で生き続ける。
パラパラとページを捲っていると、本に挟まる1枚の紙に気づいた。
小さく小さく折り畳まれていた。
……ばか。
大好きな彼女は……もういない。
彼の心はバラバラになってしまった。
それはもう紙のように。
丁寧に切った細切れなんかじゃなく。
思いきり、それも感情をぶつけながら、破り捨てる。
それに近かった。
恨めしげに彼は紙を見た。
――こんなもの、なければっ。
それでも、やっぱり捨てることはできなかった。
彼女の書いた文字。
変わらないちょっぴり癖のある丸字で書かれている。
「愛してる。」
紙に書けば、簡単に伝わるのに。
紙を渡したい君がいないなんて。
彼の頬に涙が伝い、紙切れを濡らした。
紙についた涙の痕。
悲しみの水たまりのように、じわじわと滲んでいった。
(1,184文字)