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ロマンツェ/M.エリザベス

本作の作曲者の本名はマリア・エリザベス・フォン・ザクセン=マイニンゲンである。
CDや楽譜で彼女の名前を見るたびになんとも長い名前だといつも思っていたが、この当時のドイツでは貴族が名前のあとに出身地を明記することが多かったようだ。
要はザクセン=マイニンゲン公国のマリア・エリザベスです。ということになる。


19世紀後半のドイツでも最高とうたわれた管弦楽団を抱えていたのが、 マイニンゲンの宮延だった。 ゲオルグ2世の統治下の時代に規模を拡充し優秀な音楽家を招くようになり、1880年代以降は黄金時代を迎える。
 そこではハンス・フォン・ビューローやリヒャルト・シュトラウス、マックス・レーガーが楽長をつとめ、ブラームスの第4交響曲が初演されたといえば、水準の高さが容易に想像できよう。

 本曲の作曲家でもある、ゲオルク2世の娘マリア・エリザベス(1853-1923) も音楽の才能に恵まれ、自ら歌曲や合唱曲 器楽曲の筆をとった。

父 ゲオルク2世


〈ロマンス〉が書かれたのは1892年3月。 単なる王女の手すさびの域を超える内容を持つこの作品を初演したのは、 マイニンゲンの宮廷楽団が欧州全土に誇るクラリネット奏者、 リヒャルト・ミュールフェルトだった。
(ミュールフェルトは晩年のブラームスに創作の意欲を与え、クラリネットの為にいくつか曲を作曲した。レーガーからも作品を献呈された当時1番といっていいほど有名だったクラリネットの名手)

(左)ミュールフェルト
(右)ブラームス


しっとりとした情感のにじむ 「アンダンテ」が曲頭と曲尾に配されており、そこにサンドイッチされた中間部の 「アレグロ」は、 軽快な曲想の中にも、どこか憂いを秘めた筆致が印象的だ。

今回、本曲のクラリネットを演奏するのはChiaki Konno von Ichikawa=Chibaです。



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