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【歌舞伎鳩:番外編】鰯売戀曳網(七月シネマ歌舞伎)

鰯売戀曳網いわしうりこいのひきあみ

ざっくりとしたあらすじ
鰯売の猿源氏は、傾城けいせい蛍火ほたるびに一目惚れ。
仕事も手につかずぐだぐだやっているところに父・海老名なあみだぶつが通りかかり、それならひと肌脱ごうと言う。
その頃江戸から京へ上がるという話のあった大名に、猿源氏を仕立て上げ、遊郭へと向かう一向。
大名のふりをしながらも蛍火に会えて夢心地の猿源氏は、そのまま酒に酔って寝てしまう。
大名のふりをなんとかしていたものの、つい寝言で鰯売の掛け声を口走ってしまい……。
きちんとしたあらすじはこちら


鰯賣猿源氏:中村勘三郎
傾城蛍火実は丹鶴城の姫:坂東玉三郎
博労六郎左衛門:松本幸四郎
庭男実は藪熊次郎太:片岡亀蔵
遁世者海老名なあみだぶつ:坂東彌十郎
亭主:中村東蔵


すごいハッピーなラブコメでにこにこしてしまった。
あほな感想なんですがこれに尽きます。
話の展開が、そんなことある!? の連続だけど、そういうので良いんですよね……ハッピーさは頓狂さの範疇にある。

短めの演目で結構さくさく進むので、だいぶん早い段階で、猿源氏を大名に仕立てよう! となるのですが、それを父(元は江戸に勤めていた武士)が言い出すのが、ノリが良くて笑ってしまった。
しかし息子は息子で、恋の病だからと言って桃色の鉢巻をしだすので、この息子の父であると言われると納得してしまう。
(学び:病鉢巻 / 紫色の鉢巻で病の時に巻いていたよう / もしかして紫根染めの鉢巻だったりするんだろうか / 調べきっていないので勘・詳細不明)
みんなして楽しそうで何より。

大名に成り代わるというのはまあ可能なんですかね(偽水戸黄門メソッド?)。
そういう仕掛けは現代だったら成立しない / しづらいかもしれないので、こういう余白が物語を進めるのは、こだわりがなくて良いなと思った。

傾城蛍火、まったくどうしていつものごとく美しいんですが、酔い潰れた猿源氏の寝言を聞いて揺り起こす仕草が、あんまり可愛らしく、どうしようかと思った……。
そんな傾城(国を傾けるほどの美女・遊女のこと)と言われて美の頂点のような女が、そんないじらしい仕草をしてたらそんなのみんな恋しちゃうじゃないですか……?


(ここからネタバレあり)
可愛らしくてハッピーな話なので良かったら読む前に見てください(とはいえどこかで配信があるかどうかは見つけられませんでした)。


鰯売の掛け声を聞いてはっとして猿源氏を起こし、問い詰める蛍火。
鰯売だと知られてはまずいので、どうにかこうにか言い訳する猿源氏。
その言い訳に教養があるのがわかるのが、父が元武士だからこそ、息子には一応一通りの教養を身につけさせたのだろう、と筋立てがわかるのが良い。
たとえ武士の振る舞いまでは身につかないとしても。
でもその教養のせいで蛍火が泣いちゃうんだなあ……。

遊女が元お姫様で、人買いに買われて廓まで……というところは結構よく見かけるのでわかるのですが、その起点に"城から見た鰯売の声に恋をしたから"はやっぱどうしても頓狂で笑っちゃう。
そしてそれを秘めて十年? 廓に勤めているのがやはりあまりにいじらしい。
やっと見つけたと思った鰯売(声でわかったんですか?)が、やっぱり違ったと知れたら確かに悲しいだろうけども、そうだとは思うけど、そんなことある!? と思ってしまうのはしようがない笑

蛍火は元お姫様といえど、そこから廓で十年だか過ごしているので、そのまま鰯売の妻になったとしても苦労しないというか、適応しそうな強さがある。
いじらしい面が多く見える蛍火だけど、よく考えるとかなり精神力の強い女性ですよね。
もしくは、お姫様としてまっすぐ育てられていたので、その純粋な気高さだけはどこに身を置いていようとも失わないのかもしれない。
自分の居場所を国として他人に動いてもらう(動かす)というよりも、身辺を自分の国として自分で整えていく感じ。

しかしお姫様を十年だか探し歩いてやっと見つけ出した従者も、見つけ出したかと思えば帰らないと言われ、不憫ですね……笑っちゃうんですが……。


おとぎ話童話のようなおもむきで、上演時間も短いので、いい感じに現実感の境目をさまよっているのが楽しいのかもしれない。
こんな話もあったかもしれないし、なかったかもしれない(まあないのでしょうが、作り込みに現実感があるのが良いですね)。
そしてめでたしめでたしで終わる。
純粋に楽しくて可愛らしくて面白かった。
こういうお話は好きです。


そういえばこのお話は、作・三島由紀夫らしい。
三島由紀夫は金閣寺がよく取り上げられますが、たとえば潮騒夏子の冒険なんかを読むと、お話の内容も文章もとても瑞々しく、印象が違いますよね……。
ドラマティックさとロマンチックさは表現として表裏一体のところにあると思うので、やっぱり同作者というところに納得するわけですが。
ということで、これも三島由紀夫作と知り、内容を見てかなり納得感がありました。


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