根を張る【Lycian way11】
目覚めると、犬がいない。
書き忘れたが、昨日いちにち、一匹の犬が私達のあとを追っていたのだ。
彼はたしか、リゾートホテルの赤いTシャツのおじさんの犬だったはずなのだが、いつの間にか私達の後を着けることを決めたらしい。
しかし、さすがに昨夜の雨には耐えられなかったのだろう。
家にでも帰ったのかな。
そもそも、家はあるのかな。
トルコの犬の素性は本当に分からない。
Kabakからは、2通りの道がある。
海のコースと、山のコース。
地図上にはビューポイントがマークされており、私は結構これを頼りにしている。
山のコースにはビューポイントが多く記されているが、海のコースには歩いてしか行けない(綺麗であろう)ビーチがある。
どっちも行きたい。
体力的にキツイかも知れないが、山を登り、海へ下る、"欲張りコース"を編み出した。
天気の良さも相まってか、このコースが、Lycian way随一の絶景道となったのである。
杉林を登ると、切り立つ粗い岩に囲まれた。
木々の間から遠くに見えるはKabakの青い海。
しばらく歩き続けると、開けた草地にでた。
オリーブの木とゴツゴツした岩と芝生。
オリーブの木の下で海を見ながらランチをして、また歩くことにした。
この先、Alincaという村に出るらしい。
地図上だとKabakより随分小さいが、リゾート地じゃない限り、人が住んでいるだろう。
つまり、食料が手に入るだろう。
Alincaに着く手前の杉林の中に、カフェがあった。
カフェと言っても、リゾート地にあるような小洒落たものではなく、農家のおじさんがその辺の木を切って建てた、掘っ立て小屋のようなものだった。
まがった手書きのメニューも、虎柄の毛布で覆われた壁も、手作り感満載で親しみやすい。
ハイシーズンにはハイキング客で賑わうのだろう。
これまで、綺麗な事ばかりに焦点を当ててきたが、実はLycian wayでは沢山のゴミを目にしてきた。
私達はこれまで、気に入ったキャンプ地ではゴミを拾い、遠く離れた村まで歩いて捨てに行ったりしたが、その量は想像以上だった。
狭いビーチでも45リットルのゴミ袋3袋分になったり、瓶が多すぎて全部拾うのを諦めたりもした。(ゴミ袋が薄すぎて、あまり重いと破れてしまうのだ)
そのほとんどは、恐らく地元の人たちによるものなのだろうと思う。
これを書くと、差別だとか偏見だとか言われるかも知れないが、実際にその現場を何度か目の当たりにして、教育について考えさせられていたのだ。
トルコでは2019年にレジ袋が廃止になったり、ペットボトルでメトロカードがチャージされるシステムが考案されたり、捨てられた本で図書館ができたりと、環境問題への意識が高い国なのだろうと思っていた。
しかし、自治体と個々の意識が必ずしも一致するわけではない。
これは、日本にも言えることであり、ポイ捨てこそしないものの、私の家では週2回のゴミの日に、45リットルのゴミ袋が一杯になる。
我が家には、それを捨てる場所があり、収集システムが成り立っていて、"ゴミは持ち帰りましょう"という教育を受けてきただけに過ぎない。
司法や自治体の力の及ばない自然の中で、バーベキューやピクニックを楽しんだあと、ゴミを置いていってしまうのは、今のトルコの現状からすると仕方のない事なのかも知れない。
手遅れになる前に、環境に対する教育が浸透することを祈るしかない。
話は逸れたが、ここのカフェは、町から随分離れているのに、ゴミひとつなく、手入れが行き届いていた。
きっと、この土地と自然を愛しているオーナーに違いない。それだけで、この場所が愛おしく思えた。
緑の大地を抜けると、Alincaに着いた。
Alincaは、海を見下ろす、山の上の小さな村だった。久々に人が根を下ろし営む土地に来て、心地良かった。
家の門の前で何かを拾うおばあさんがいた。
彼女はわたしたちに、白い、大きな種をくれた。
アーモンドだ。
殻は思ったより堅く、割るのに苦労した。
目の前にあった海を眺めるベンチに腰掛け、それを食べた。
手作り感満載の商店を見つけ、入ってみるとおじいさんがやって来た。
「パンかトルティーヤと、オリーブを売ってくれないか」
と聞くと、おばあさんが出てきて、家で焼いたトルティーヤとオリーブを持ってきてくれた。
値段を聞くと、1枚3リラ…高い。オリーブもかなり高かった。
「じゃがいもとトマトも合わせて、30リラでどうだ」
と、セット商法を打ち出してきた。
それより、目についた大きなチョコクッキーがどうしても食べたかった。
8リラだと言う…スーパーの2倍。僻地だから仕方ない。
結局、トルティーヤもオリーブも買わずに、8リラのクッキーを買い、海を臨むベンチでそれを食べた。
村を歩いていると、何人もの村人に出会った。
無人遊園地のようなKabakでは、人っ子ひとり見なかった。ここは、人が暮らす土地なのだと再確認した。
民家をノックして、オリーブを売ってくれないか訊ねてみた。
快く受け入れてくれ、10リラで自家製オリーブひとつかみとオリーブオイル200ml位、塩少々を売ってもらった。
これでしばらく食べ物には困らない…それだけで安心だった。
Alincaからはビーチまで下る予定だったが、すでに15時。西陽が強く差していた。
道なき下り坂は予想以上に辛かった。
ここは一応トレイルなのだろうが、海と山欲張りコースを歩く人は少ないのだろう、ほとんど手付かずの自然のままだ。
滑りやすい砂利や岩を下るのは、今日半日登り続けた山道より辛かった。
そして、ビーチまで行くのを諦めた。
途中水場を過ぎてすぐ、見晴らしの良い平らな土地を見つけたのだ。
久々に天気も良いことだし、早目にテントを建てて、火を起こし、料理をしようと決めた。
昨夜濡れたフライやダウンを乾かし、木を集めた。
ここ数日の雨なんて想像つかないほど、乾いた土地だった。
深い渓谷のKabakやBattery Valleyは緑が濃く、水に恵まれている土地のように感じた。
しかし、そこから30km離れただけでこれほど地形も植物も異なるとは、自然とは偉大だ。
突き出した平らな土地は、ごつごつした岩に刺々した植物がへばりついていた。
海岸や乾いた土地で太い木を見つけるのは困難だが、照葉樹の根本には折れた太目の枝が落ちている事を、今回の旅で学んだ。
乾いた木々を集め、小石を払ってテントを建て、夕陽を見に行った。
どこからか子ヤギが2匹やってきて、海に溶ける夕陽を一緒に見た。
久々に焚き火をした。つまり、久々の料理だった。
集めた木々は本当によく燃えた。トルコの乾いた土地でよく見かける、刺が密集した植物は、油分を含み、地元の人が着火剤に用いている。
作ったかまどのすぐ近くにそれがあり、火が移らないよう、神経を使った。
それでもやっぱり、火は人を落ち着かせる。
よく燃える木々を全部燃やしきって、満たされたまま眠りについた。