命名、ヌテラ【Lycian way12】
よく乾いた朝だった。
テントを片付け、かまどを崩し、灰を撒き、痕跡を残さずその場を去る。
途中通りかかったファイヤーリングの中から、煤だらけの缶を拾う。
ここでキャンプするのはハイカーだろう。同じ立場の人がこうして自然を汚す姿を見るのはとても辛い。
また歩き難い道を下り続ける。
標高200mまで一気に下ると、あとはビーチまで平坦な道を歩くだけ…と思いきや、海沿いの道は岩場が多く、起伏も激しいため、たった2kmでもへとへとだった。
目指していたのはParadise beach。
そこに向かう道すがら、突如平坦な土地が現れ、奥には隠れ家のような小さなビーチが広がっていた。
「ここでキャンプする?人も来ないし、ゴミもない。すごく綺麗だよ」
と話していたが、やっぱりその先の目的地を目指したくなった。
まだ見ぬものに思いを馳せるのは、人間の本能なのだろうか。
Paradise beachは、白砂の美しいビーチだった。
よく日に焼けた3人の男の人が、砂浜で寝転んでいた。
海には、彼らのボートがある。恐らく、船でやって来て、陽が落ちたら帰るのだろう。
白く続く砂浜を見て、泳がずにはいられなかった。靴を脱いで、すぐに海に飛び込んだ。
予想以上に水が冷たくて、膝下までで精一杯だった。
息を止め肩まで浸かると、全細胞が目覚めるかのように血が巡った。
慣れると、水中のほうがあたたかい。顔だけだして犬かきした。
10分ほど泳ぐと、満足した。いくら暖かいといえど、やっぱり冬の海は寒かった。
荷物に戻り、テントを張る場所を探すことにした。
歩き回ってみると、一見きれいに見えるこのビーチは、隅に行くとゴミで溢れていた。
横幅5メートルの鉄製のゴミ捨て場は、ゴミで溢れかえり、周囲にもゴミが散らばっていた。
夏場には、出店が出るのだろう。同じラベルの瓶や缶がひとまとめになっていた。
ここは、船か歩いてしか辿り着けない砂浜だ。海の家の運営を終えると、彼らは使ったテントからゴミを置いていってしまうのだろう。
悲しい…
散らばっていたゴミを拾い、集めた。
しかし、近隣の町までは起伏の激しい道を往復8キロ歩かなければならない。
これから町までは歩くには、遅すぎる。段ボールなど、燃やせるものは燃やし、残るは溢れかえったゴミ捨て場に置いていくことしかできなかった。
ごみを拾い終え、砂浜を平らにし、テントを建てた。
日が暮れる前に、水を確保するために、近くのキャンプ場に行くことにした。
杉林を抜け、オフシーズンのキャンプ場を訪れた。母屋にもコテージにも、人影がない。声を出してみるも、誰も住んでいる様子はなかった。
外にあった水道の蛇口を捻ってみたが、水は出ない。オフシーズンだから止めてあるのだろう。
水さえ確保できれば、海辺で2-3日ゆっくりする予定だった。
もう、Lycian wayの終盤に差し掛かっている。美しい場所でゆっくりしたかった。
明日、隣町まで行くか…
そんな事考えていると、林からざざざっと足音が聞こえた。
……ロバだ。
人懐こいロバは、私達のもとにやってきて、撫でて〜と顔を寄せてきた。
「ひとりで寂しかったの?どこからやって来たの?家はどこ?飼い主はいるの?」
そんな質問攻めする私に、ロバは親しみを覚えたのだろう、彼女はついてきた。
キャンプ場から砂浜までは少し遠い。
その道を、2mぐらい間隔をあけてロバがついてきた。
結局、彼女は砂浜まで辿り着いた。
「今度はロバだね」
と、喜んでいると
「かわいいけど、食料盗まれないか心配だ」と言う。
彼女はわたしたちから少し離れた砂浜に穴を掘り、くつろいでいた。
のんびりくつろぐロバを眺めていると、いつも以上にときがゆっくり流れる気がした。
せっかく見つけた美しいビーチだ、わたしも寛ごう。
焚き火をしている間、友人はジェノベーゼソースを作っていた。
バジル、唐辛子、にんにく、胡桃をひたすら細かく刻んでいる……わたしの苦手な作業だ。
ジョージアの民家に泊めてもらった際、緑色の辛いペーストをもらったのだ。パクチー、ミント、唐辛子、にんにくをすり潰した、辛いペーストは、サンドイッチにぴったりだった。
それに代わるジェノベーゼソース…美味しいだろうなぁ、ありがとう。
コツコツ作業する友人を尻目に、ひたすら薪をくべていた。
「ロバの名前、何にしようか?」
「…ヌテラ?」
「あぁ、そんな色してるね」
「ううん、今ほしいもの考えてたの」
そっか〜きみは、ヌテラか。なかなかいい名前だな。
西陽が強く差して、顔面に直撃していた。
海に落ちる夕陽と、砂浜でくつろぐロバを眺めながら、夜を待つ。
この日はたしか、なにかご馳走を作った覚えがあるが、何を食べたかは忘れてしまった。
明日、朝起きてロバがいたら嬉しいな…
そんな楽しい想像を膨らせつつ、眠りについた。