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紅クラゲの午睡 6.

第1話から読む

年末、大学のカフェにて(笑うとは?)

 理系キャンパスは年中無休。
 24時間実験をしている研究室もあるため、年末年始も通常営業だ。
 だが、我が文系キャンパスは今日の夕方で一旦、門が閉まる。
 洗濯したクラウン(道化師)の衣装を収納スペースに返すのと、自分の部屋以外で心の整理をしたいのとで、僕は年内最終日に、大学のカフェテリアに足を運んだ。
 『笑かせ屋』は、超マイナーサークルなので、部室はもらえていない。このカフェテリアがサークルメンバーの溜まり場で、衣装や小道具の収納は、大学から月額3,000円で借りている収納ロッカーを利用している。モノが増える一方なので、ロッカーを追加をするかどうか部長は収支計算ソフトとにらめっこしながら苦悩していた。収入は、メンバーから徴収する会費とイベントに参加した際の謝礼と大学からの僅かばかりの補助金だ。謝礼は、その日の夜のうちに消えてしまうこともある。

 僕は、カフェテリアのローテーブル、ローチェアのスペースに陣取り、罫なしのツバメノートを開く。
 ノートの見開き真ん中に『笑うとは?』と太字のボールペンで書き、そのまわりを丸く囲む。マインドマップのセントラルイメージというやつだ。

 霧島さんは、(意図していない)僕のボケの発言や挙動にフフッと笑ってくれる。
 猫カフェでも満足そうな笑みを拝ませて、いや、見せてくれた。

 でも・・・。
 彼女は、心から笑っていないんじゃないか。
 人の心を推し量るのが苦手な僕が、直感的にそう思うのだから間違いはない。

 どうすれば、『本当に』笑ってくれるんだろうか?

 うぬぼれも入っているかもしれないが、ここ1か月、霧島さんから僕との距離を縮めてくれているような気がする。でも、どうしてなんだろう?
 霧島さんがわざわざ仕事がハードな年始明けに、僕と過ごす時間を多く求めているのには、きっと何か理由があるはずだ。
・・・今、それはどうだっていい。
 理由はともかく、この期間に霧島さんを笑わせて、屈託のない笑顔になってほしい、見てみたい。

「おまえ、また難しいこと考えてんな。」
顔をあげると、『笑かせ屋』所属の3年生の先輩が僕の無地ノートを覗き込んでいる。
 恥ずかしかったが、今さら隠しようがない。

「『笑うとは?』って、俺らのパフォーマンスがツボにはまることに決まってんじゃん。」

「・・・そりゃそうですけど、『笑う理由、原因』って、いろいろあるような気がするんですよね。」

「そうだなー・・・ああ、そういえば、おととし卒業したサークルOBが、卒業追い出しパーティの席で、申し送り事項としてこんなメッセをLINEに入れてたな。」
 先輩がスマホ画面を睨みながら、読み上げる。
 
①声には出さない笑い。英語にすると、smile 。
 a.心に満足や安心を感じると、自然に出てくる笑み。
 b.集団生活の中で自分の心を探られまいと、意的に笑う、いわゆる『つくり笑い』。

②声に出る笑い。英語にすると、laugh。
 a.思っていたのと違う、意外性のギャップに思わず発せられる笑い声。
 b.危機が迫っているようだけと、実は身が安全だと知ってるので、湧き上がる笑いの感情。

「えーっと、あとは、『自分の中から自然に湧き上がってくる本能的な笑いと、他人を意識した、社交的な笑いにも分けられる』とも書いてあるぞ。」

「へー、笑かせ屋も捨てたもんじゃないですね。ちゃんと学問している。」

「そうだろ。で、そのOB先輩からのラストメッセージ。『社交辞令で笑わせるな。あとは、笑いがとれれば何でもよし。』」

「あらら・・・」
 僕は危うくノートを落としそうになった。

 ノートを膝の上に置き直し、真ん中に書いた『笑うとは?』の文字から、2つの線を引き、その先にそれぞれ『smile 』『laugh』と書き加え、丸で囲った。

「だから、小難しいことはどうだっていいんだよ。俺は、本能で笑わせる。」
「先輩たちはシンプルでいいですねえ・・・」

 ①②の分類が正しいのかわからないけど、霧島さんは①(声には出さない笑い)は、とくしている。でも・・・ヘアサロンでの様子を見ていると、①-b.の、全部つくり笑いなんじゃないかとも思えてくる。
 僕と二人の時も、smile、つまり笑みを見せてくれる。でも、それが自然な笑みなのか、つくり笑いなのか。まったくもって自信がない。全部つくり笑いだったら悲しすぎる。

 laughはどうだろうか。霧島さんが声をあげて笑うのは、いまいち想像できない。

 せっかく霧島さんが僕との距離を縮めてくれているのなら、理由はどうであれ、それに応えて楽しく笑ってもらわないと。
 僕は、このクリスマスから正月休みにかけて、①十分に安らぎを感じ、②声をあげて笑ってもらうための『Wプラン』をたてた(つもりだ)。
 霧島さんに、LINEでデート(?)プランを伝えた。

「だいたいお前もよー、声出して笑ってるの、見たことねえぞ。」
「そ、そうでしたっけ?」
 僕の場合は、笑い方が控えめなだけだ。たぶん・・・

#創作大賞2024 #恋愛小説部門

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