見出し画像

紅クラゲの午睡 4.

第1話から読む

晩秋の多摩地区のショッピングモールにて(泣き面に蜂)

 12月の頭。新興住宅街の中にあるこのショッピングモールは、クリスマスの飾りつけやイルミネーションで華やかさを増している。この週末、ココで我が「笑かせ屋」は、パフォーマンスを披露する。モールの催事部門にサークルのOBがいて、低ギャラでステージの隙間を埋める手段として、毎年この時期、重宝がって声をかけてくれるのだ。
 3人1組のクラウン(道化師)×3組で、一日6回のステージをこなす。ステージといっても、フードコートの3畳ほどのスペースが10㎝位高くなっていて、簡単なバックパネルと狭い控室がついているだけ。食事用のテーブルコーナーは、邪魔にならない限り歩き回ってもいい。

 次が僕たちCグループの、今日最後のステージだ。クラウンの衣装とメイクをチェックし直してステージに立つ。子供たちがはしゃいで走り回っていてにぎやかだ。

「みんなー!さあ、世界一おっもしろいショウの始まりだよ!」
 顔面全体白塗りで、鼻の頭だけチョコンと赤丸が塗ってある先輩クラウンが手を振って大きな声で客席に呼びかける。少しだけ静かになり、まばらに拍手も聞こえる。
 先輩クラウンはこん棒のような『クラブ』を高々と上げ観客に示すと、高く放り上げる。それが落ちてくる間にステージ上のクラブを拾い上げ、もう1本、もう1本と回しはじめ、今は5本のクラブが回っている。客席から拍手が起きる。空を舞ったクラブを1本ずつ受け止めて一礼。再び拍手が起きる。
 頭を上げた先輩クラウンは、僕を指さし、お前もやってみろと身振りで命令する。僕は、なるべくオーバーなアクションで驚き、困った様子を見せる。渡された3本のクラブをしぶしぶ受け取り、回し始める。
  ここからその場の成り行きで、この後の展開が変わる。
 ①うまく回せれば、どうだとばかり、『大げさに威張り』、もう一人のクラウンに、お前もやってみろとクラブを渡す。
 ②うまくできなければ、『大げさに悔しがり』、もう一人のクラウンに、お前もやってみろとクラブを渡す。
 成功確率の低い僕向けの特別オプションだ。

ところが・・・
 1本目のクラブのキャッチに失敗し、床に転がったところを足で踏んづけてしまい、スッテンコロリンと転倒。落ちてきた2本のクラブが頭と顔面に命中。
 会場から大きな笑い声と拍手がおこり、仲間のクラウンは顔を見合わせて苦笑い。

 僕は立ち上がり、顔を押さえつつ、否応なく『オプション②』を選び、3人目のクラウンにお前もやってみろと、クラブを拾って渡す。
 ボロボロの燕尾服にちょび髭のクラウンは、クラブを受け取ると、困ったような表情をしたかと思うと、ポーンとそれを放り投げ、空を見上げる。少しの間をおいてクラブは落ちてきて、またもや僕の頭を直撃する。何度かポーンと放り投げ、ことごとく、クラブは僕の頭を直撃する。そのたびに客席からは笑い声が聞こえる。
 燕尾服のトランプはコツを覚えたぞ、としたり顔を見せた後、3本のクラブを足の下にくぐらせたり、背中に回したりと、鮮やかな演技を見せ、山高帽をとって客席に一礼する。
 客席からは拍手喝采。

 この後、クリスマス向けのネタで、プレゼントの箱を開けたらバネ付きのボクシンググローブに殴られるというオチのコントもやったが、ぼくが受け取ったプレゼントは、開けてもグローブは飛び出してこない。リハーサルの時は普通に飛び出してきたよな、故障か? と油断して箱の中を覗き込んだところ、会心の一撃をアゴに食らってしまった。

 狭い控室で簡単な反省会が開かれ、先輩クラウンより「高野はジャグリングの技を磨くより、オーバーなリアクションを究めろ。」という有難いアドバイスをいただいた。

 着替えを済ませ、メイクを落とし、フードコートの片隅の二人掛けのテーブル席に座り、オレンジジュースを啜る。鼻が痛い。変装用のボールを外したが、本物の鼻の頭も赤いままだろう。

「ここ、座っていい?」
 
 その声を聞いてはっと見上げると、亜麻色の髪の女性が、蓋つきのカップを片手に、僕の向かいの椅子を指差していた。
「霧島さん!・・・何でここに?」
「たまたま。雑貨の買い物。」

 会話が少しカジュアルになったのは、2回目のヘアサロンの訪問で少し心の距離が近づいたからだ・・・と思いたい。あと、私服だからだろうか、前に会った時よりも少し若い、というか幼くなったようにも感じた。

 先日の2回目のヘアサロンでの会話はだいたいこんな感じだ。
「高野さんには何というか、気軽に話しかけやすい方ですね。」
「よく言われます。話すのは得意じゃないですけど。多分、人畜無害そうに見えるからだと思います。」
「そんなことないですよ。」
 そんなことはないって、じゃあどんな理由なのか教えてもらいたいと思いながら、人畜無害話を披露する。
「例えばバスに乗っていて、二人がけの席が一人ずつで全部埋まっているとしますよね。後から乗り込んできた人は、老若男女問わず、十中八九、僕の隣りに座ります。電車のロングシートが一人分ずつ空いている時も同じです。」
 この時、めずらしく霧島さんはふふ、と笑ってくれ、「それは才能だと思いますよ」と言ってくれた。
 あと、会話の流れで霧島さんは24歳、僕より5つ年上だということもわかった。

 意識を『現実』に戻す。ぼくは恐る恐る聞いてみた。
「で、さっきのステージ、見てたんですか?」
「もちろん。」
 ああ、穴があったら入りたい、とはこういうことだ。

「すごくよかった。アクシデントに遭った時の慌てようとか、悲哀の表情とか。おかしかったり、共感を感じたりしたよ。すごい演技力だなって思いました。」
 です・ます調と、そうじゃない言葉が混じっているのは、ぼくとの距離感を測りかねているせいか。どっちにしても。あの・・・あれ全部、演技じゃなくて、単なる失敗なんですけど。

「今日のステージを見て思ったの。3人とも『クラウン』って紹介していたけれど、服装やメイクも違って、少しずつ性格というか、役割が違うみたいね。」
「よく気がつきましたね! えーと、顔を白く塗った先輩は『ホワイトフェイス』。グループの仕切り役でジャグリングもうまいです。僕の役は『オーギュスト』と言って、ボケ役・だまされ役ですね。もう一人の先輩が『トランプ』。これも間抜けな役柄ですが、時々びしっと決めたりして、まあ、愛されキャラですね。」
「やっぱりそうなんだ。チームワークがよくて楽しそうだった。」
 笑かせ屋の先輩諸氏が聞いたらさぞかし喜ぶだろう。

「僕は、ほんとはトランプをやれるようになりたいんです。」
 残りのオレンジジュースを啜り、本音を漏らした。
「どうして?」
「トランプの究極は、あのチャーリー・チャップリンだと思っています。まぬけだけど、時にはズル賢くて、かっこいい。」
「チャップリンが好きなのね。」
「好きというより、憧れです」
 いかん、少し喋りすぎた。

「ところで・・・」
 霧島さんは少し間をおいて切り出す。
「高野君は、クリスマスの頃、空いてますか?」
 
 おー、今度はクンづけだ! 
 ・・・いや待て。今、クリスマスって言った? 空いてますかって言った?

「・・・は、え、はい。サークルは休みだし、今年は実家に帰る予定もないので。」
「じゃあ、25日とか、いっしょに遊んでもらってもいいかな? 」
「え! クリスマス当日ですか? 」
「うん、美容室は、12月はだいたい忙しくて。特にクリスマス前と、年末。でもクリスマスイブが終わると、1日か2日、ぽっかり予約が空いちゃうの。そうすると、気が抜けちゃうっていうか、寂しくなっちゃうって、いうか・・・。」

 尋ねようがなかったが、彼氏と別れたばかりとかなんだろうか。
 嬉しさ半分、『ほんとに僕でいいのか感』半分で、LINEを交換した。
 その後、霧島さんぽつりぽつりと『美容師あるあるネタ』を話してくれた。
 そして僕たちはショッピングモールを後にした。

#創作大賞2024 #恋愛小説部門

いいなと思ったら応援しよう!