【物語】森の香りを感じながら
登場人物:2人
キャサリン:薬売りの人間 ハンナ:森に住むエルフ
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ある秋の日の夜のこと……
森の奥深くで……
ハンナ:あなたって本当に変わってる。こんな時間に、ニンゲンじゃないあたしと、焚火を囲んでいるなんて……。
キャサリン(モノローグ)
もう真夜中。季節は、木々がお化粧を始めた頃。
昼はともかく、夜は火を消すと凍え死んでしまう。
キャサリン:いいじゃない。
キャサリン:ニンゲンもエルフも、火がないと死んでしまうのよ?
ハンナ:そういうことじゃなくて……。
ハンナ:ニンゲンの住んでる村に帰れば、もっと暖かい暖炉があるでしょ?
キャサリン:あなたって意地悪ねぇ。
キャサリン:今、そんな簡単に帰れると思う?
ハンナ(モノローグ)
ニンゲンの世界では革命が起きている。
あのふざけた王朝を倒そうと、国民が暴動を起こしたらしい。
キャサリン:ま、なにもなくても戻りたくはないんだけどね。
ハンナ:そう……。やっぱりあなたって変わってる。
ハンナ:ニンゲン社会の方が楽して暮らせるでしょ?
キャサリン:そりゃあそうよ。けれど、何回も言ってるけど、私はあんまり好きじゃないのよ。みんな自分が1番だって、おごり高ぶってるから。
ハンナ:ニンゲンなんてそんなものでしょ?
キャサリン:あなたはそう言うけれど、それでいいワケ?
キャサリン:私が想像するよりも、はるかにたくさんイヤな思いをしてるでしょ?
ハンナ:残念ながらね。でもエルフは森の奥深くに住んでるから、ニンゲンとは中々会わない……というか、会わないはずなのよ。
キャサリン:あら、それは失礼しましたね。
ハンナ:最初に会った時はビックリしたのよ?
キャサリン:私のこと、殺そうとしたものね。
ハンナ:ニンゲンをみたら、普通は警戒するものよ。
キャサリン:そうよね……。
キャサリン:それがこの世界。仕方がないわ。
ハンナ:別にあなたは悪くないじゃない。こうしてあたしの隣に座っているんだから……
キャサリン:確かに。エルフの隣に座れる人間なんて、この世界でも私くらいか……。フフフ。
ハンナ:何よ……
キャサリン:べつにー
ハンナ:ふふふ……
キャサリン:え?
ハンナ:何でもない。幸せだなーって。
キャサリン:しあわせ?人間といるのに?
キャサリン:あなたも随分と変わってるわねぇ……。
ハンナ:ねぇ。あなたはどうして、そんなことができるの?
キャサリン:そんなこと?
ハンナ:普通ニンゲンは、あたしたちみたいなエルフとかには近づいたりしないでしょ?
ハンナ:でも、あなたは最初からあたしに近づいてきたでしょ?興味津々に。
キャサリン:……なんでかしらね。よくわからないわ。
ハンナ:……そう
キャサリン:まぁ、薬売りなんて、それくらいの度胸がないとやっていけないのよ。素材のためなら、どこまでも行かないと。
ハンナ:そう。あなたってやっぱり不思議。
キャサリン:え?
ハンナ:普通、そんな遠くまでは行かない。
キャサリン:……探し物。
ハンナ:え?
キャサリン:私はヒトを探してるのよ。
ハンナ:ニンゲンを?
キャサリン:そう。遠い昔、私を助けてくれた人。
ハンナ:なにそれ、初めて聞いた。
キャサリン:むかし、まだ私が子どもの頃のことよ。
キャサリン:迷子になった私を、多分その人が助けてくれたのよ。
ハンナ:多分?
キャサリン:昔すぎて、迷子になったこと、よく覚えてないのよ。
キャサリン:後から母親に聞いたの。
ハンナ:じゃあ……。
キャサリン:そう。正確には分からないのよ。
キャサリン:でも、ずっと昔から青い目が記憶から消えてくれないの。だから、きっとその人が私を助けてくれたの。
ハンナ:なるほどね……青い目をしたニンゲンなんて中々いないものね……
キャサリン:そう。いろいろな場所をめぐっていたら、そのうち会えるかなって。
ハンナ:ふーん……あなたにそんな過去があったのね。
キャサリン:随分と昔。まだモノゴコロもついてなくてよ。
ハンナ:ていうか、どこで迷子になったの?
キャサリン:その時母親が滞在していた村の近くの森ね。母親も薬売りとして、私を連れて旅をしていたから。
ハンナ:じゃあ、その村に行けばいいんじゃないの?
キャサリン:……もうとっくに行ったわよ。
ハンナ:青い目をしたニンゲンはいなかったの?
キャサリン:……青い目どころか、人なんて1人もいなかったわ。
ハンナ:村なのに?
キャサリン:……何かあったんじゃないかしら?
ハンナ:たしかに伝染病が流行った村とかなら、ニンゲンは捨てるからね。
キャサリン:そうね……
ハンナ(モノローグ):彼女の耳は、凍り付くような寒さのおかげで、真っ赤になっていた。ニンゲンの体って不思議。
キャサリン:少し横になるわ……。陽が出てきたら、少し人間の街の様子を見てくるわ。
ハンナ:そう……。わかった。あたしも途中まで一緒に行くわ。
キャサリン:え?
ハンナ:いいじゃない。どうせ暇なんだし
場面転換
ハンナの回想
ハンナ
彼女と出会ったのは……いつだっけか。
けっこう前だったと思う。
最初はスゴく驚いた。
安直な表現というか感想だけれども、これしか思い浮かばない。
ニンゲンと関わらなくてもいいように、森の奥深くに住んでいるのがエルフ。
だからこそ、そんなあたしの住処からほんの少し離れたところでニンゲンに出会った時は、何かと見間違えたかと思った。
「ニンゲンを見かけたら殺さなくてはいけない」
そんなことを教えられていたから、あたしは矢を彼女に向けた。
けれど、ニンゲンは不思議な生き物で、そういう瞬間は分かるらしい。
冷静に対処していたつもりだったけど、彼女と目が合った時は流石に焦った。
その時の彼女の目は、今でも思い出してしまう。
その彼女の茶色の目を見て、あたしは武器を手放した。
どうしてかは、いまでもわからない。
彼女もあたしを殺すつもりはなかったみたいだから、とりあえず話をすることにした。
そこで彼女のことについて色々聞くことができた。
彼女はニンゲン。薬売り。薬を自分で作って、それを必要な人に売っている。
当然薬草には詳しいし、ケガとかの応急措置もできるらしい。
なんだかお医者さんみたい。
必要であれば、どんなところにでも薬草を取りに行って、薬を作る。
とても尊敬できる仕事。
でも、彼女はニンゲン社会がキライらしい。
常に森の中を移動しながら生きているよりも、ニンゲン社会で腰を落ち着けて暮らした方がいいと思うんだけど、そうでもないらしい。
あたしはニンゲン社会に行ったことがないからよくわからないんだけれどもね……
それからは、たまーに会うようになった。
薬草を探してはどこかに行ってしまうから、そう頻繁には会えないけれども、突然ふらっと現れる。
あたしのナワバリは、そこまで広くはないから、入ってくればすぐにわかる。
彼女がどう思っているのかはよくわからないけれども、特段彼女とあたしは親友のように仲がいいというわけではない。
たまに町であったら、立ち話をするくらいの関係性。
本当のコトを言うと、あたしはあまり彼女とは仲良くしたくない。
彼女……キャサリンのことがキライっていうワケじゃない。
でも、彼女はニンゲンであたしはエルフ。
寿命が違いすぎる。
あたしはまだ当分生きられるくらいの寿命は残っている。誰かに殺されたりしなければね……
でも彼女は違う。多分あと100年は生きられない。
要するに、いつかあたしは彼女を失ってしまう。
多分だけれども、あたしはそれが怖い。
この感情をなんていうのかはわからないんだけれども……
このまま距離を近づけて、今よりもさらに仲良くなって……
そうすればきっと、あたしの人生はちょっとだけ楽しくなる。
それも悪くはないんだろうけど、常に恐怖感と一緒にいないといけない。
いつかあたしの目の前から、いなくなってしまう。
仲が良くなればよくなるほど、その瞬間には哀しくなってしまうことが明らかだし。
でもそんな感情なんて抱きたくない……。
そんな感情が入り混じって、どうも彼女とは壁を作ってしまう。
そういうこともあるから、あたしはニンゲンとはかかわりたくない。
もちろん危ない存在だし、ニンゲンはそれ以外の生き物に対しては、罪深いことをしている。
だからこそ、近づいちゃいけないのはもちろんなんだけれども……
今までは何も考えずに生きていたんだけれども……
生きていくって、こんなに難しいのね……
場面転換
キャサリンの回想
キャサリン
多くの血が流れている。
時代が変わる兆し。いま、歴史に残る出来事が起きている。
革命
市民が貴族や王族を倒そうとしている。
それは仕方がない。
長い間、あんなヒドいことをしていた。
市民から税金の名のもとに大金をむしり取って、貴族は知らんぷり。
そのお金で贅沢の限りを尽くしたら、今度は隣国と戦争を始めた。
お金ばかりが出て行って、戦果は得られるどころか負け続き。
それを理由に増税しようとするんだもの、そりゃあね……。
最初がどうだったかはわからないけれども、気が付いたら、市民側と政府軍が衝突していた。
最初は市民側が劣勢だった。
当たり前だけど、戦争の経験なんてないし、訓練も受けてない。
でも、戦争で軍隊が出払っていたし、市民側の数が圧倒的に多いことも重なって、いつの間にか形勢逆転。
戦闘は今も続いている。
困ったことに、どっち側にもケガ人が大量に出ているから、薬売りは大変。
喜んでいいのか、悲しんでいいのか、よくわからない。
まぁ、私は人間の世界ってあまり好きじゃないから、正直どうでもいい。
仮に王室が倒れても、どうせ世界はそこまで大きく変わらない。
だって何百年もの間、王室と貴族が、政治を執り行っていたんだもの。
いくらインテリゲンツァ(※1)だっていっても、政治のやり方なんて知らないだろうし、経験もないしね。
※1インテリゲンツァ……知識人
政(まつりごと)から貴族を追い出したところで、何にもできない。
ましてや、今は戦争中。
他の国に征服されるか、少したってから王政が復活するか、大方どちらかだろう。
だったら、別にそんなの気にしないで、森の中を旅しながら暮らしていたほうがいい。
たまーに人間の世界に戻って、薬を売りさえすれば、それなりのお金になるから、そうやって生計を立てればいい。
幸いママも薬売りだったから、土地勘はある。
ママはもう死んじゃったけれども、この理不尽な世界を生きていく知恵をたくさん残してくれたから、とても助かっている。
薬草を採るのは、1人ではできない。
基本は単独行動だけれども、森にはたくさんの、人間以外の生き物が住んでいる。
それぞれの種族に、それぞれのナワバリがあるから、彼女・彼らの協力がないと商売あがったり。
だから私は、できるだけ仲良くしたいし、実際たくさんお世話居なっている。
けれど、仲良くなるまでが大変。中々信用してもらえない。
それもそのはず、人間が彼・彼女らを理由もなく迫害しているから。
会っただけで蔑み、中には容赦なく殺そうとする奴もいたりする。
本当に意味が分からない。
100歩譲って親が殺されたとか、そういうことがあったのなら、わからなくはない。
けれど、ただワケもなく殺しているのは、もう論外。
そんな頭のおかしい人間とか、そういう奴がたくさんウロウロしている人間の町には、溶け込みたくない。
生きていくためには仕方がないけれども、それもできれば最低限にしたい。
そんなワケで、なにかと理由をつけては、森の中で暮らしてる。
ハンナともそうして出会った。
彼女はエルフだから、耳もいいし、気配の感知も鋭い。
案の定最初は殺されかけたけれども、話せばわかってくれた。
エルフの知り合いがいると、森ではなにかと助かる。
そんなに頻繁に会っているわけじゃないけれども、かけがえのない存在には変わりない。
彼女はまだ私のことを警戒しているみたいだし……
それは少しだけ哀しいけれども、仕方がない。
それがこの世界。
ニンゲンとそれ以外の存在には、厚い壁があるから。
場面転換
再び、明け方の森の奥深くにて……
キャサリン(モノローグ)
明け方の森の奥深く。
まだ眠っている木々の香りは、中々落ち着く。
早朝のパン屋さんとは、またちがう種類の幸せを感じる。
ハンナ:ほんの少ししか横になっていないのに、よくそんなに早く歩けるわねぇ。
キャサリン:仕事柄ショートスリーパーになっちゃったし、森を移動するときはできるだけ早く移動しないといけないからね……気が付いたらこうなっちゃったのよ。
ハンナ:ふーん。薬売りも大変ね……。
ハンナ:でもそんなに急がなくても多分大丈夫よ。少なくとも今はね。あたしだっているんだし。
キャサリン:ふふふ。ハンナがいてくれると心強いわ。
キャサリン:持つべきものは、エルフの友達ね。
ハンナ:まったく。朝から調子がいいようで何よりね……
キャサリン:別に調子なんてよくないわよ……
キャサリン:様子見とはいえ、人間の町に戻らないといけないんだもの。ただ強がってるだけよ。
ハンナ:そう……
ハンナ:あなたの仮住まいがある所は無事なの?
キャサリン:さぁ。この間戻ったときは何ともなかったわ。
キャサリン:でも、戦火は確実に広がっているから、今どうなっているかはわからないわ。燃えて何もかもなくなっているかもしれない。
ハンナ:ホント……。ニンゲンって愚かよね。
キャサリン:今に始まったことじゃなくてよ。昔からずーっとそう。
ハンナ:だからあなたも、あなたのお母さんも、今みたいな生き方をしているんでしょ?
キャサリン:そうね。特に母は大変だったみたいよ。あそこは人間でも女っていうだけで、下にみられる世界だから……
ハンナ(モノローグ):ニンゲンって本当に愚か。もう呆れてなんて返していいかもわからなくなってしまう……。
ハンナ(モノローグ):その時だった。近くに何かがいることに気が付いた。
ハンナ:キャサリン!近くに誰かいるわ!多分ニンゲンよ……。
キャサリン:え?そんなバカな……。まだ町まで結構あるわよ?なんでこんなところにいるのよ?
ハンナ:よくわからないけれど……どうする?
キャサリン:とりあえず……気取られないように近づいてみましょう。
ハンナ:わかった。
場面転換
ハンナ:これは……重症ね。
キャサリン:服装からみて、多分政府軍の軍人、ないしは貴族かしらね……。
ハンナ(モノローグ):あたしたちの近くには、ニンゲンが一人倒れていた。虫の息で、今にも死にそう。
キャサリン:多分近くの町で政府軍と市民が衝突したのね。彼はケガをして、命からがら逃げてきたってところかしら……
ハンナ:でも、他の味方が見当たらないわ。普通手当てしてくれる衛生兵?みたいな役割の兵士がいて、そういう人が助けてくれるんじゃないの?
キャサリン:多分だけれども、政府軍は負けたんだと思う。
ハンナ:……どういうこと?
キャサリン:ハンナの言う通り、政府軍には看護兵。つまりケガを治療してくれる兵士がいるわ。でも、多分負けたから政府軍はチリジリになって敗走したのよ……。
ハンナ:なるほどねぇ……だから治療が受けられなかったのね。
キャサリン:えぇ。無我夢中でここまで逃げてきたのね。おそらく市民側が必要以上に追いかけまわしたのね。お金になりそうなものをはぎ取ったり、情報を聞きだそうと拷問するために……
ハンナ:そんなことって……。
キャサリン:あなた達が戦争するときはどうするかわからないけれども、人間はこんなひどいことをするのよ。
キャサリン:だから……私はキライなの。
ハンナ:それで……このニンゲンをどうする?とりあえず傷の治療をして……
キャサリン:……いえ、いいわ。
ハンナ:え?
キャサリン:かわいそうだけれども……助けなくていいんじゃないかしら……
ハンナ:ちょっと……なにいってるのよ!あなた薬売りでしょ?せめて手当だけでも……
キャサリン:薬売りだからわかるのよ。もう助からないし、助けられないわ。
ハンナ:それは……。
キャサリン:出血量が多いし、意識もない。病院まで運んでもいいけれど、町の病院が政府軍なんて受け入れない。
ハンナ:……ムダな治療をするくらいなら、安らかに眠らせようって?
キャサリン:そう……ここで看取ってあげましょう……。
キャサリン:あなたは別にいいわ。私だけで……
ハンナ:気にしないで。あたしもここにいるわ。周りも警戒しないといけないし……。
キャサリン:……ありがとう
ハンナ:いいのよ
キャサリン:せめてプリーストがいればいいんだけれど……
ハンナ:この状況じゃ贅沢は言えないわね……
ハンナ(モノローグ):彼女……キャサリンのこと、ほんの少しだけわかったかもしれない。
あたしは彼女のこと、決してキライじゃない。
続く?
あとがき?にかえて……