マニキュア
マニキュアを乾かしながら打っている。数日の後の抗がん剤再開に備えて。
8月過ぎたら大晦日。
ラジオに出ている好きなパーソナリティのプチ鹿島さんがそう言う。
もうそろそろ雪も降るだろう。今年ももちろんそのうち終わる。
去年の冬の始まりは、癌原発と転移を認め、そして検査が終わり抗がん剤治療の日程までただ待つだけだった。もう少し早くに治療はできたが、行きたいイベントに託けてずらしたその日を待っていた。期待なんてしない心も躍らない先の予定。ちょうど暮れの時期。その頃は少しコロナも落ち着いていたから声をかけてもらうことが多かった。でも思い返したら例年通り羽をつけて飛んでいかなかった。
まだ治療も始まっていないから風貌は変わっていなかったのに。
あれからとても時間が経ったような気がするし、あっという間だった気もする。
体の外側の変化、内側の変化、意識の変化、考え方の変化、生活の変化。
病気にならなくたって、1年も経てば何かしら都度変化はあるだろうけれど、おそらくわたしが今まで生きてきた中ではなかなかのイベントだったと思い返すことになるだろうと想像に難くない。
できれば。
「高校生の時何か部活に入ってた?」
「バスケ部だったよ。勝ったことはなかったけど楽しかった」
くらいの思い出として残る程度がいいけれど。それからその頃には髪も伸びていてほしい。
マニキュアは普段つけることがない。
料理をするのが好きだし、爪が息をしていないようで好みではない。
せっかく捲れ上がって、何度か生え変わった爪が薬剤でまたそうなってしまわないように、丁寧に塗った。
1年前に全くわからずいた治療の先はこんなだった。
一つ一つ、自分の体のことを選択してここまできた。経過は先10年は見続けるらしいけど…手厚いVIP待遇のようだ。
今、この状態でいられることはわたしのベストだ。
選ばなかった先にあっただろう知らないことへの後悔はしない。今がベストなら、先にもベストで臨めるから。
そんなことを自分に向けて投げつける。脆くなる爪に重ね塗りするマニキュアのように。多少居心地悪くたってその土台が傷ついてしまわないように。
眠れない夜にそんなことを考えて夜を長くしてしまう。
もう体に癌はないのにそうまでしても治療の再開に不安と恐怖があることが情けない。鼻から大きく息を出してなるようになる。と思う。
そして、乾いた爪にトップコートを塗ることにしよう。